某日、俺はレンドア島のとある病院を訪れていた。
その医務室に、複数台のベッドを寄せて並ばせた、即席の大型ベッドがあった。そこに赤い巨人が横たわっている。未だ傷の癒えぬフィンゴルである。
病室には他の患者はいない。広い病室にいてなお、巨体を持て余すフィンゴルが寝そべってうとうとしている様は、何とはなしにオルドの伝説を連想させる。
俺がこの病院を訪れたのは、別にフィンゴルに会うのが目的ではない――その見舞い客の方に用があるのだ。
病室に入ったとき、その相手はフィンゴルのベッド脇にちょこんと座っていた。言うまでもなくポポムである。
俺がポポムと視線を合わせると、ポポムはああ、というような顔をして、俺をベッド脇の椅子に座るよう促した。俺は促されるまま椅子に座った。
ポポムは俺が口を開くより早く、さっくばらんと話し始めた。
「キリンにはもう会ったの?」
「……それ普通に言っていいのかよ」
初っ端から不意を突かれる言動で面食らう。キリンという裏社会の怪人との繋がりは、おいそれと公言できるものではないと思うのだが、ポポムは全く配慮する様子がない。しかもフィンゴルの前である。
「いいのよ。事情を知らないやつに言うのはさすがに障りがあるけど、この面子で今さら隠し事は無用でしょ」
「いやいや、フィンゴルさんがいらっしゃるじゃんけ……おい、まさかこのヒトもグルかよ」
「――本官は違う。ちょっと行き違いがあって殺し合う羽目になっただけである」
フィンゴルもキリンの『協力者』なのか、という俺の疑問を、フィンゴルは否定した。さらっととんでもない情報が開示されて目を覆う。
「……俺、もう、あんたらの関係聞くの怖い」
「フィンゴルは――まあ、例外中の例外。フィンゴルと『あのヒト』はほぼ戦力が拮抗してて、お互いに不可侵条約を結んでるそうよ。だから、あんたの事情にも絡んでない」
「そういうわけである。本官のことは気にせず話せばよい」
ポポムもフィンゴルも、どうということもないという風に言った。改めて、とんでもない大人物と関わっちゃったなあと思った。
「で、どうなの」と、ポポムは先ほどの質問への回答を迫った。
「……ああ、会ってきたよ。五百万ゴールドも渡してきた」
「そ。渡した二百万も役に立ったわけね。お疲れさん」
ポポムはひらひらと手を振り、適当に祝福した。
――呪術王カワキ捕縛を果たした俺は、その功績によって世界警察から褒賞が与えられることになった。
本来は世界警察本部における表彰が行われるはずだったのだが、俺はそれを丁重に辞退した。代わりに、『借金取り』から課された課題に足りない分の金銭――二百万ゴールドだけ要求したわけだ。
辞退した理由は……ポポムによるねじ込みにより作戦参加した身の上、逆に埃を叩かれるのでは?と警戒したというのが大きい。所詮は裏社会人故、探られたら痛い腹をわざわざ見せに行くこともあるまい。下手をしたらポポムに迷惑がかかる。
あとはまあ、バツが悪い。色々。
「作戦参加メンバーには箝口令を敷いたわ。カワキを捕縛した人物は『外部の協力者』とだけ公表して、あんたの名前は出さないようにした。
ただ、あの島には部外者が何人もいたから、そいつらが好き勝手言うと思う。完璧に隠し通せるってことは期待しないで」
「カタギの世界に名前が出ないだけマシさ。ありがとう」
「……勿体ないわね。素直に公表されていれば、世界警察傘下の傭兵ギルドにも名が売れるのよ?真っ当な仕事にありつけるチャンスだったのに」
「そうはいかない。俺がここで表彰されてたら、それこそキリンの思う通りになっちまう。それはいい加減、癪なんだわ」
「……気持ちはわかるわよ。だからとやかくは言わない」
ポポムは若干苦い顔をしながら言った。その表情から、キリンにかなり振り回されているらしいことをなんとなく感じた。
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