「……で、このけん玉の糸が、<拡張>クモノね。そしてこの木の玉は、クモノで接着した何らかの火炎呪文。とりあえず、初等のメラだとしましょうか。
キリンとあんたが会話していたとき、キリンはあんたが見ていないところでこんな感じの合成呪文――いや、これを合成呪文と言っていいのか怪しいけど、とにかくこういうものを用意していた、ということにする」
「いやいや、ちょっと待て。糸で吊ったメラなんて目立つもん、俺の目の前で生成されたら、いくらなんでも気付くよ」
「そこで、<拡張>呪文その二、ステルス<透過呪文>。普通は自分自身だけ透明にして、周囲に視認させなくする呪文だけど、<拡張>した場合は『自分以外』を透明にできる。
これを<拡張>クモノとメラに対して使った。こうすれば、あんたにこの『糸吊り火の玉』を認識させることなく発動することが可能よ」
「はっ、え……なんだその都合良すぎる呪文は!?それもキリンが実際に使ってたのか!?」
「使ってた。何かしらの物理的なトラップに使って、標的に悟らせないようにできるんだって。魔法使いには通用しないけど、裏社会では凶悪な威力を発揮する呪文よね」
「えぇーーー、まじでなんでもありじゃないか!?そんなのありかよ!?」
納得できずに騒ぐ俺を、ポポムは不機嫌な表情で睨んだ。
「私だってふざけた仮説だと思うわよ。そもそもいろんな無理を無視して立てた論だしね。
私はただ、キリンが犯人だという前提からスタートし、彼女の実際にできることから逆算して方法を予想してるのよ。『実際にやったのはこれ』ということはわからなくても、『少なくともこういう方法なら、キリンには実行可能』ということなら、私でも説明できるってだけ」
「むう……」
ポポムの教鞭を聞いて、俺は何も言えず押し黙った。まだとても納得できないけど、別に今は納得がほしいわけではない。ポポムの予想を聞きたいだけだ。
俺がおとなしくなったのを見て、ポポムは黙って解説を再開した。
「話を戻すわよ。こうやって作った不可視の糸吊り玉でも、発する熱は誤魔化せない。あんたの近くにこの糸吊り玉を近づけたら、火の玉の熱を感じ取ることはできたはずよ。
あんたが不自然な熱を感じた覚えがないなら、キリンはこれをあんたのすぐ傍に近づけさせていないんでしょう。そこで、こうする」
糸を掴むポポムの指が、さらに冒険の書を挟んだ。親指と裏表紙で糸を挟み込み、本を水平に保ったまま空中に掲げる。
宙に浮く本の下側で、木の玉がぶらぶらと揺れた。
「この冒険の書が、例の酒場の天井と思ってちょうだい。あんたの気付かないところで、キリンはこの糸吊り玉を天井に放り投げ、糸と天井をくっつけた。
彼女、なんか天井を指さすような動作をしなかった?そのときに糸を射出したんだと思う」
「……あ~……」
――ルマーク家といやあ、最近売り出しのやり手資産家ってもっぱらの評判じゃあないか。なんだっけ、何か新しい経済通貨…だっけ?なんて言ったかな…ああ、そうだ!――
当時、キリンは俺の家族について話していた。うんうん言いながら悩んだあと、ふと何かを思い出したかのように、わざとらしくピンッと左手の人差し指を上げた――
思い当たる節が出てきて、余計に頭痛がひどくなった。そのことに気付いてなのか否なのか、押し黙る俺をポポムはじーっと見つめたが、特に何も言わなかった。
「まあとにかく、当時のあんたとキリンの頭上には、火の玉が吊り下がっていたというわけ。そして次に、キリンは自身のコップを火の玉の真下に来るよう、微妙に位置調整した」
こんな感じに、というように、ポポムは吊るした木の玉を、自分のコップの真上に持っていった。
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