「……そいつはつまり、こういうことか。糸を焼き尽くす分と、落下して空気減衰する分を考慮して、なおかつコップの中の氷の、極微量のヒャドの魔力と反応するよう、ちょうどよくメラを調整し、それを俺に気付かれないまま、うまいこと天井にくっつけた、と」
「そうね」
ポポムは素面のまま、そっけなく言った。酔ってるんじゃねえだろうな。酒なんか頼んでないけど、それでも酔ってる可能性を疑ってしまう。
「……正気じゃねえ。ウルトラC難度どころじゃないだろ、そんな芸当。狙ってやれたら、神業通り越して魔技の領域だぜ」
「だから、暇つぶし程度に聞けって言ったのよ。私もこんな話、裁判所とかじゃ到底できないわ」
ポポムは照れ隠しするようにひらひらと手を振った。
それでも、あのヒトならやれる、と。そういう確信が、ポポムにはあった。それが、恐らくはこの世で最も長く、キリンという人物を見てきた冒険者の言だった。
俺の恩人にして仇敵は、想像以上に凄まじい、呪文の達人であったようだ。
むう、と、俺は唸ることしかできなかった。
「納得してない顔ねえ……」
と、ポポムは呆れながら言った。ポポムも自分の言ってることが無茶苦茶なことくらい、百も承知なはずだ。
「推論に推論を重ねてるじゃんけ、そりゃ納得はできないぜ」
「私も散々頭をひねったけど、証拠がないことには、これ以上はねえ……もっと簡単にやれそうな方法もある気もするし、仮説をこねくり回したところで、凡俗には予想もできない手段なんでしょうよ。でもまあ……」
ポポムは顎を撫でながら、感慨深そうに言葉を濁した。なんだよ、と俺が目で促すと、彼女はぼそっと言った。
「机上の空論を立てるの、すごい楽しくない?」
わかる……と俺は唸った。無茶苦茶な仮説って、空想や妄想と紙一重だからね。やってる本人はめっちゃ楽しい。
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