情熱的に語る店主の目は炎を宿しており、暗い店内を煌々と照らすかのようだった。
傍らのエルフは相変わらず憮然としていたが、一瞬熱に充てられたかのように、恍惚とした表情を浮かべたのを見逃さなかった。部下も使いつぶすなどと言った店主に付いていってる辺り、部下に対するカリスマは本物らしい。
そんなひとつの世界を見て見ぬふりをしつつ、俺はぼりぼりと後頭部をかいて、店主に言った。
「……ご高説どうも。つまり、アンタ自身が許すなら、客や部下に迷惑かけるのも、金の中抜きも許されるってことだな」
「いかにも」
店主は、一切悪びれることなく言い切った。
以前なら――ほんの数日前までの自分なら、こんな不遜な物言いをされたら、とっくの前にブチ切れていただろうが……不思議と、今は冷静な心持ちだった。
……冷静というより、諦観か。俺は、このおっさんをどうにかできるという無意識の自信を、とっくの前に喪失してしまったのだ。
きっと、いやしの雪中花のような、報酬金の中抜きは、あれが初めてではないのだ。三億ゴールドの借金が一瞬で消えるような利益を、目の前の男は散々かすめ取ってきた。この男は、自分の野望のためにはなんでもやる。
俺はこのときようやく理解したのだ。このオーガの男は、正しく金の亡者なのだと。
だからこそ、ここで俺と彼は、手を切らねばならない。
光の道を志す俺にとって――彼のやったことを許すわけにはいかない。俺と裏クエスト屋の縁は、これでおしまいだ。
「もう、あんたは好きなようにやったらいい。俺はもう付き合わん」
「……あっそ。頼まれたって連れていく気はないけどね」
そっけない言葉に反して、店主はしみじみと目を閉じて浸っていた。
「最後に、気の迷いでこんなことを言ってみる」
「……聞くだけ聞いてやる。言ってみろ」
「僕は、君が僕の元を去るのが少しだけ残念である。手塩に掛けて育てた生徒を失うのは、経済的になかなかの損失だ」
「……うれしくないっ」
最悪だ。聞くんじゃなかった。俺はたまらず、店主に対してシッシッと追い払う仕草をした。
店主はふはっと笑って、カウンターから立ち上がり、後ろの壁に歩み寄った。燕尾服のエルフもぴったりと付いていく。
「さて、ちょうど後片付けも終わったことだし、僕は失礼するよ」
「今すぐ行くのか?『新世界』に?随分急だな」
「えーっと、まあ、うん……率直に言って、包囲されてる。世界警察にね」
「え」
「オールドレンドア島から尾行されていたらしい。うまく撒いたつもりだったんだが、そう甘いもんでもなかったな。幸い足はあるから、包囲網が完成する前にとんずらするさ」
「ええーーーっ……」
思ったより切羽詰まった状況だった。まずいときに引き留めてしまった……いや、何を罪悪感に駆られてるんだ俺は。詰めの甘いこいつが悪い。
「……そういやあんた、なんであの島に来たんだ?前にも聞いたが、絶対『復讐』じゃねえだろ」
「概ね前に説明した通り、キリンを倒すためだ。まあ、復讐というより、『新世界』での戦闘の予行演習兼、新たな門出前の景気付けってとこだが……欲はかかないものだってことでひとつ。
……ああ、そういえばその話があったな。キリンから動機は聞き出したの?君に執着した理由」
「……聞いたよ。あるヒトの依頼って話だった。『愛してるはずがない』ってよ。予想が外れて残念だったな……おい、なんだその顔」
店主は毛虫を見るような顔をしていた。なんか久しぶりに見たな、この顔。
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