化け狸に聞きたい話は、これで終わった。解散の流れとなり、次の行動を考えた俺は、ひとつ化け狸に提案した。
「俺、エバンのやつに詫びを入れてこようと思う。退院したときから会ってねえし。一緒に行かねえ?」
「やめとく。俺様もう謝ってきた。ボスが迷惑かけてごめんって」
「えっ……だ、大丈夫だったのかお前?」
「事情を伝えたところ、正拳突きを喰らわされた。鼻が折れたよ、その場で治したけど」
「……おう……」
磯野郎の剛力は健在らしい。予想通りのとつげきうおエピソードに恐れおののく。
「生臭坊主(僧侶)は回復呪文あって便利だな……突き一発で済んだのか?」
「ああ、一発だけで勘弁してくれたよ。その後あいつ、なんて言ったと思う?」
「わからん。なんて言ったんだ?」
俺が聞くと、化け狸は大仰なしぐさで天を仰いで、エバンの気障な声質に似せて言った。
「『つまり、ハンナちゃんは無事で、僕は光栄にも君のボスに使ってもらえたんだね!?ああよかった、女性の役に立ったなら、僕はなんにも文句はないよ!!』」
「……」
なにがどうしたらそんな思考になるんだ。俺の中で上がっていた磯野郎の株が墜落した。
呆れた俺は、化け狸に愚痴を吐いた。
「あいつ、実はフェミニズムが何なのかわかってねえんじゃねえの」
「十中八九わかってねえ。誰かがあいつの面倒を見ないと早晩死ぬぜ。方向が間違ってるとはいえ、あの漢気が失われるのはオス社会の損失だ」
「俺は嫌だぜ」
「俺様もごめんだ」
俺と化け狸は苦笑して、酒場からの帰路についた。
――磯野郎・エバンと化け狸・ポッタルとの奇妙な腐れ縁は、今も続いている。
やつらは裏社会に属しているため、表立って交流することは少ないが……数少ない、気の置けない友人として、騒がしい時代を共にしている。
何かやんごとない事情があって、彼らを訪ねる必要があるなら、もしかしたら俺の名前が通行証になるかもしれない――まあ、常識の通用しないやつらだから、期待はしないでくれ。腐ってもチンピラだから、重々注意すること。
***
ここから先に起こったことについては、詳しく書くことはしない。
アストルティアは今、ナドラガンド大陸と古代エテーネ王国と魔界三国が一度に出現(一部は侵略)してきて、社会全体が史上未曾有の大混乱に陥っているわけだけど、そこら辺の話は読者諸賢もご存知のことだろう。
俺もその社会の荒波にもまれながら、死なない程度に頑張っているというだけのことだ。世の中を見回せば、俺程度の苦労話は掃いて捨てるほどあるし、わざわざ語るほどのものではない。
それでも、生活の忙しさに吞まれながら、たまにあの二年と一週間のことを思い出すと、形容しがたい郷愁に駆られる。
総体として、俺も周りの奴らも馬鹿なことしかしていない、目も当てられない痴態であった。そうでありながら、とても他では得難い経験を積んだと思う。後にも先にも、あれほど底意地が悪くて、血水を注いで駆けずり回り、身命を賭した楽しい日々はなかった。
色々あったが、あの日々は決して無駄な経験ではなかった――そう思うことにした。
……もちろん、もし他人が俺と同じ轍を踏みかけていたら、全身全霊で考え直せと問いただしに行かせてもらう。いくら得難い経験だったとしても、こんなしょうもない出来事を真似してもらっては困る。
俺だからなんとかなったんだから、他人が同じ道を進んだら、それはそれは盛大に悲惨な結末を迎えるに違いない。そんな悲劇はさすがに見過ごせない。
だから、俺のここまでの話は、あてにならないほら話、市井に溢れる街談巷説のひとつとして聞き流してもらえたら幸甚である。
***
・続き:
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