……そうだ、せっかくの機会だから、読者諸賢に聞いてみたいことがある。
これは、俺がこの端末を借りている相手から聞いたことだが。
このアストルティアという世界の住人は、一人ひとりが異なる世界を生きている――という説がある。
日常生活において、住人の一人ひとりが、同じ質問、同じ選択肢に対して、異なる選択をする。ひとつの選択は異なるアストルティアを生み、新たな未来を形作る。個人が目にしている世界とは、膨大な個人が生み出す未来同士がいくつも重なり合った、最大公約数的なひとつの景色に過ぎない――と、そんな壮大なことを提唱する学者がいる。
その、ある個人が作る未来を『並行世界』という。そして、個人と個人が持つ並行世界には、似ているようで微妙に異なる道程を辿ったアストルティアが存在するんだそうだ。重なり合ってこそ平凡に見える世界は、個人に絞れば奇想天外な未知に溢れているのだ。
近いようでいて、余人には触れえない並行世界の中には、俺が今まさに経験しているような大混乱を経ていない、もっと安定したアストルティアもあるのかもしれない。あるいは逆に、どうしようもない災厄に見舞われて、既に滅んだアストルティアもあるかもしれないわけだ。
……まあ、これもただの胡散臭い与太話だと思うんだが、この端末の持ち主によれば、一考の余地はあるらしい。
その証拠に、端末に集まる話の中には、とても『同じアストルティア』で起こったこととは思えない、奇妙な事件や社会情勢が語られているそうだ。
電子の海に漂う道聴塗説は、どうやら並行世界の壁を乗り越えているらしいのだ。俺自身は半信半疑なんだけど。
もし、読者諸賢の中で、この胡散臭い噂の検証に付き合ってくれる心の広い者がいるのであれば、俺の自宅を訪ねてみてほしい。
ガタラ住宅村の水没遺跡地区、2568丁目6番地において、地下室だけを構えた土地がある。そこが俺の家である。
もし、この文が遥か並行世界の誰かに届いているのなら、その土地に行っても何もないかもしれない。俺の家は次元をまたぐような大層な代物ではないので、十中八九無駄足になる。
もしくは、仮に俺と読者諸賢が同じ世界の住人だったとしても、単純に入れ違いになるかもしれない。俺も忙しい身の上、茶菓子の用意など気の利いた接待はできない可能性が高い。
それでも、この不思議な噂の真偽を確かめる気があって、仮に空振りに終わっても笑って許せる度量のある者がいれば、ぜひ我が家を訪れてみてほしい。
もしも億分の一の確率を超えて、俺と出会うことがあったら、できる限りの接待はするつもりだ。なんだったら、家に設置しているスライムチャットにメッセージを残してくれても構わない。
これで、俺が語るべきことは全部だ。
随分と長ったらしくなったが、これだけの自分語りに最後まで付き合ってくれたこと、感謝する。
最後に、ちょっとそれっぽいことを言って締めてみる。
――さらば、街談巷説の収集者たち!運命の線路が交差するとき、また会おう!
なんちゃって。じゃ、終わりっ。
===========================================
午前12:00 - 〇暦 〇年△月×日(Ⅹ) ---編集者:le_mark_no8_26(端末No.30265)
(最終更新:午後4:00 - 〇暦 ×年□月◇日(Y) ---編集者:ppm_d_warm375(端末No.30266))
――――投稿は以上です。――――
〇編集(編集権限をお持ちの方のみ)
〇破棄(投稿者のみ)
〇戻る
(その9・了 第6エピソード「それから」完了)
・続き:執筆中