少女は答えなかった。どんなに辛くとも、変身することが生活の一部になってしまっていて、今さらやめようと思ってもやめられそうになかったからだ。だから、少女の身を案じるタリューの配慮にも答えられそうになかった。
返答に窮するうちに、男の太股の熱で頭をとろかされるように、少女は睡魔に浸食されていった。枕にするには硬すぎて、睡眠に適しているとはとても言えないはずなのに、不思議なほど居心地がいい。眠るときすら気を張るのが当たり前だったのが、ここでは緊張の糸を張り巡らすことも難しくて、少女はあっさりと深い眠りに落ちていった。
寝入りばな、頭上から「――いつか、その心の澱が溶けてなくなることを願っている」と、子供をあやすような声が聞こえたような気がした。
――その夜からほんの二、三ヶ月後。四人の旅路は唐突に終わりを告げた。タリューが死んだのだ。
事の経緯は判然としない。一人、夜のグレンの町をふらふら散歩していたタリューが、たまたま通り魔のターゲットになったらしい。ナイフの刺しどころが悪かったのか、出血多量であっという間に死んでしまった。回復呪文を受け付けない身体が、ついにタリューの天命を見放したのだ。
タリューの身体の弱さを考えれば、それはいつか起こったかもしれない事故だったが――これまでの旅路では、エレンやケチャといった旅仲間がトラブルをうまく防いでいた。
その日不運だったのは、何かのきっかけで角の少女とタリューが大喧嘩をしたことだ。衝動的に宿を飛び出した少女をエレンが追い、連れ戻すのに手間取った。ケチャも別件で出かけていたため、誰一人タリューに付き添っていなかったのだ。
三人が町の治療院に駆けつけた頃には、タリューはとっくの前にこと切れていた。
ケチャはタリューの遺体の傍にうずくまり、声もなく泣いた。ずっと憧れていた先生が死んだからだ。
エレンは激高して治療院を飛び出し、タリューを殺した通り魔を血眼で探したが、ついに捕まらなかった。日が昇った頃に治療院に戻ると、やはり友の死を悼んで泣いた。
そして、角の少女はただ椅子に座って、日が昇るまで呆然とタリューの遺体を見つめていた。
少女は、心の痛みや疲労に慣れ過ぎていた。心を半分もがれるような衝撃を受けようとも、涙を流すには至らない。
その代わり、気付いたときには、少女の胸には孔が開いていた。
タリューの膝元で過ごした夜も、タリューに思いを伝えて、静かに拒絶された涙も、全ては孔の中に消え去った。
後に残ったのは、語るもおぞましい悪魔のような衝動だけだった。
エレンとケチャが気付いた頃には、スルワラという少女は姿を消していた。
二人は懸命にスルワラを探したが、町のどこを巡っても、その姿を見つけることはついぞなかった。
そして、次にケチャがスルワラと再会したとき、彼女は既に暗殺者『キリン』に変貌していた。男に恋をした少女は、あの日確かに死んだのである。
旅先で多くの友を得たタリューと違い、スルワラという親友との旅を語る者は、今となってはケチャとエレンしか残っていない。
すべては、二十年以上も前に終わったことだ。
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