巨大な火山をぐるっと迂回するように進み、火山を囲む半島の端にたどり着くと、そこには意外な光景が広がっていた。
未開拓のはずの山の裾野には、長い長い登山道があった。岩をよけただけの微かな道筋だが、それが何度かのヒトの出入りを経ていることはなんとなく察せられた。
未開拓の地域に人工の登山道が存在する矛盾の理由を考察する必要はない。どうせ、山の頂上に用があったどこかの闇商人が、国にも黙って販路を開拓したというだけの話だろう。
今はただ、人跡未踏とも言えなくなった、か細い登山道の存在に感謝しつつ、二人の旅人は山を登り始めた。
登山道を登り切ったとき、二人は旅の終着点にたどり着いた。
その山の頂上には、ひとつの開けた広場があった。標高を示す看板も何もない、黒々とした広場の中央には、大きなつり橋があった。
つり橋の向こうには、こちらの山より二回りも大きい、灰褐色の山がそびえ立っていた。つり橋の眼下には、濃霧で覆われた森が広がっている。めまいがするほどの高所である。
ジャックと忍者は、ぎりぎりと揺れるつり橋を渡った。綱と床板の汚れから年代物と察せられたが、意外なほどしっかりしている。何者かの手入れが行き届いているのかもしれない……こんな未開の地で一体誰が手入れするのか、という疑問が湧いたが、ジャックは無視した。
こつ、こつ、と、つり橋の終点にたどり着く。たどり着いた先も、山の中腹にある広場。無骨な岩肌には、白いチョークで描かれた巨大な竜の壁画があった。
不思議と目が離せない竜の壁画の前には。
「そこまでだ、ジャック」
――二人に呼びかける者がいた。低く、落ち着いた女性の声。
ジャックにとって、二年ぶりの懐かしい声だった。
***
「この先は、ある者たちが住む秘密の里だ。おいそれと部外者を入れるわけにはいかない」
硬い表情で話すその人物は、異形の姿をしていた。
長袖の黒いジャケットと股引、手袋と、ほとんど肌を見せない装いは以前と同じだが、その顔は初めて見る形だった。紫色の肌に、山羊のような黒く長い角。金色に光る縦長の瞳孔は、ヒトのそれというよりドラゴンを連想させる。遠目ではしわの数が数えにくい肌色ではあるが、声の印象は中年を思わせる。その長身はオーガを想起させ、人間とは比較できない恵まれた体格だった。
知らぬ者が見れば、真っ先にその異様に驚くのだろうが、ジャックは平然としていた。初めて見る顔だが、声は以前と変わっていない。どれだけ姿が変わっていようと、目の前の女性が尋ね人だということを確信させるには十分な根拠だった。
「構わねえよ。今回、竜族は眼中にねえんだ。無理に押し通る気は毛頭ない」
「……そうか、助かる。わたしに会いに来たんだろう?向こうの方で話そう」
こわばった表情が緩み、わかりやすくほっとしたため息をつきながら、キリンは広場の端に向けて歩き出した。ジャックと、同行人の忍者もキリンの後をついていった。
当時、突如アストルティアの表舞台に帰ってきた伝説の種族、竜族を巡る社会の扱いは、繊細微妙なバランスの上に成り立っていた。
奈落の門から飛び出したナドラガンドの大地が外海に滞空し、竜族たちがアストルティア六大陸の国家と接触してからというもの、世界は史上未曾有の混乱をきたしていた。しかもしばらく後に、六千年ぶりに復活した古代エテーネ王国と、地獄の門をくぐったとされるバルディスタ・ゼクレス・ファラザードの魔界三国まで参戦するのだから、国際社会を治める王族と大臣たちの阿鼻叫喚ぶりは推して知るべしである。
その渦中にある竜族に対して世界のヒトビトが抱く胸のうちは、好意も怖れも半々といったところ。それが戦争だとか迫害だとかの最悪の事態に傾かないよう、世界中の有力者が奔走している段階だった。
そんな中、古代にナドラガンド本土とはぐれ、悠久のときを穏やかに過ごしていた竜族の隠れ里の存在が世に知られれば、どんな方向に話が傾くかわからない。そもそも影の人物であるキリンはともかく、ジャックのような一般人を隠れ里に迎え入れるには、準備も覚悟も済んでいない。そういう話だった。
そして、そんな複雑な事情を理解できずとも、ジャックに野暮を起こす気はさらさらなかった。
レンダーシアくんだりまで出向き、飛竜に乗りでもしなければたどり着けない秘境を踏破したのは、全てキリンに会うためだ。竜族などではない。
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