――三人は竜の壁画の前から離れ、樹海を望む山の際に集まった。
キリンとジャックが並び立って、目前の空を眺めている。お互い目を合わそうとしない。覆面の忍者は、二人の間にある緊張感を感じ取って、一歩下がって観察していた。
キリンは忍者を横目でちらりと見て、不思議そうな顔でジャックに問いかけた。
「士獣(シジュウ)ちゃんといつの間にか仲良くなってたんだね。君がここまで来れたのは、彼女の伝手でしょ?」
「まあな。あのオーガのおっさんがナドラガンドに行くとき、あの子を連絡役として一人残していったらしい。別件でちょっとゴタゴタがあったときに知り合った」
ナドラガンドへと旅立つよりも以前から、裏クエスト屋の店主は竜族の隠れ里の存在を突き止め、生活物資の取引を行っていた。『おぼろ忍群』の抜け忍・士獣が隠れ里への侵入経路を把握していたのも、かつての店主の調査の賜物なのだった。
ジャックは淡々と言ったが、忍者の彼女から初めてその話を聞き出したときはひっくり返ったものだ。あのオーガ、商魂逞しいにもほどがある。
「ふーん……きっと、お金のやり取りをしたわけじゃないよね。人間性で篭絡したわけだ」
「……そんな大げさな話じゃない。友人として頼みを聞いてもらっただけだ」
「友人になれただけ大したものだよ。生きる機械として育てられた子供たちの心を開くのは並大抵のことじゃない。相当苦労したんじゃないの?」
「よしてくれ、俺はそんな話をしにきたんじゃない」
ジャックは手をひらひらと振って、キリンの話を遮った。
「じゃあ、どういう話がしたい?」
キリンは神妙な顔をして聞いた。二年前のような、目の前の子供をからかうような色はない。
この二年間、傭兵仕事で己を鍛え直したジャックは見違えるほど逞しくなっていたからだ。以前からトレードマークとしていたサングラスとバンダナ以外の装備は一新され、黒い長袖の法被と小手、袴にはやぶさの剣とホワイトシールドを携えた姿は、一角の戦士然としていた。目に見える範囲以外にも、様々な武器や道具を隠し持っていることが伺えた。
キリンの目から見ても、ジャックが気の抜ける実力でなくなっていることは明白だった。キリンはジャックに気づかれないように、その成長ぶりに目を細めた。
「……二年前、あんたと最後に話したときのことを、すっと考えてた」
ジャックはこれも神妙な顔をして、静かに口火を切った。ここまでの道すがら、散々考えてきた口上である。
「あのとき、あんたは俺を助けた理由とか、カワキとの戦いの策だとか、色々小難しいことを言ってくれてたな。
カワキ戦の戦略の下りとかは、ちゃんと本当のところを説明してたんだろうよ。ポポムとも裏が取れたからな。迂遠にも程があるってポポムは呆れてたが、そいつを実現できるだけの実力があんたにはあった……そこは、今更どうって話じゃない。
一方で、ろくに説明しなかった事柄がある。あんた自身のことと、動機だ」
ジャックはキリンを真正面に捉えて、にらみつけた。
キリンは驚いた様子もなく、少しだけ目を泳がせて小首をかしげた。
「それは説明したはずだけど?」
「馬鹿言うな、あんなもん嘘っぱちだったじゃねえか。
母さんは何も知らなかったぞ。よくもまあ、臆面もなく『母君の頼みだから助けた』なんて言えたな!」
本気で声を荒げるジャックから、キリンは目を逸らしたまま、無言でその誹りを受けた。表情からは感情が読み取りにくいが、伏し目がちな顔はどこか憂いを帯びていた。
キリンにしては珍しく殊勝な様子に、ジャックはある種の確信を深めていく。ずっと疑問に思っていたことの答えが、もうじき明らかになると思った。
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