「――まあ、この際そこはいい。所詮、嘘を見抜けなかった俺が間抜けだったってだけだ。
問題は、なんであのとき、あんたは嘘をついたかってことだ。『王国』とか言ってたか、機密情報をわりかしさらっと話したくせ、あんたのプライベートな話は一切が嘘だった。秘密を守るにしたって、明らかに優先順位が転倒してる。
あんたのことだから、いつものように何か裏があんのかと最初は勘ぐったが……なんてこたあねえ、あんた、自分の話をすんのがひどく嫌だったんだろ?自分の恥ずかしい秘密を探られるくらいなら、なんらかの機密情報をエサに煙に巻く方がよかったんだ」
「そうか。つまりケチャはちゃんと、君に全部話したわけだな」
キリンは淡々と言った。ジャックはキリンの一挙一動に細心の注意を払いながら、それをおくびにも出さずに続けた。
「ああそうだ、甘ったるい話で聞いてらんなかったが、聞いてきたとも」
あえて口には出さなかったが、ジャックは自身の父親・ケチャが街談機関の一員であることを、キリンもまた知っていると考えていた。知っていなければ、ケチャに説明を押し付けるなどということは思いついていないはずだ。
かつての旅仲間とはいえ、ケチャの知るキリンの『噂』は、本人しか知らないはずの幼少期のことまで詳細に触れていた。本人しか知らないことが記載されていたのなら、それはつまりキリン本人が書いたということに他ならない。ケチャの読んだ『噂』とは、キリンの自伝であったのだ。
そして、それはすなわち、キリンもまた碑の書き手――街談機関の一員であるということを示している。街談機関のメンバーといえど、お互いの顔を知っているわけではないというが……碑を読んでいれば、『噂』を誰が書いたか当たりをつけることも、場合によっては可能だろう。昔なじみなのだから。
ともかく、ジャックは父から聞いた話を元に、推理を展開した。
「他人に成りすますっていうあんたの特技は、あんたがキリンになる前から、皮膚呼吸のように繰り返してきた達人技だ。だが、それを身に着けた代償として、あんたは本来の自分をさらけ出すのが、致命的に苦手になった。自分を偽ってばかりで、自分の本心をさらけ出すのを疎かにしてきた。呼吸するように嘘を吐かねば生きられない身体なんだ、あんたは。
だから二年前、あんたはプライベートな情報を口に出すことを避け、俺を適当に煙に巻いて、ガタラの実家に帰るようそそのかした。そうすりゃ、事情を知ってる父さんが、あんたの代わりにあんたのことを説明するからな――要するに、父さんに自分の義務をなすりつけたんだ。
ついでに、あそこであえて母さんの名前を出したのは、その方が話の流れとしてシンプルになるからだろう?街談機関なんて胡散臭いものを出したところで、説明が面倒くさくなるだけだもんな。まったく……噓つきもここまでくると筋金入りだな」
ジャックは、口調は努めて淡々と、なじるようにキリンに言った。
ここまで、キリンに特に動揺した様子は一切ない。ジャックが幾度も仕掛けた挑発に乗ることもなく、ただ静かに話に聞き入っていた。
挑発に乗るどころか、キリンは気怠そうに、「まだるっこしい」と返答した。
「君が二年前のわたしの嘘に憤っていることはよくわかったよ。ただ、謝る気はない。わたしがそういう生き物なんだってことは、君も散々思い知らされているはずだ。
なんなら、そんなわかりきったことを、今改めて説明するまでもない……君が本当に憤っているのは、動機の方だろう?」
キリンの笑うでもなく悲しむでもないその口調は、どちらかというと、怖いものを確認してさっさと話を終わらせたいという、焦りがあるように思えた。
「言ってみなよ。見当はついているんだろう?」
「……ッ」
ジャックの図星を突いた発言にたじろぐのに一瞬。
ジャックがキリンの来歴を長々と語ったのは、もう一つの話題を口にする覚悟が決まらなかったことによる――すなわち、動機。キリンがジャックを助けた本当の理由が、ジャックの予想通りなら、双方にとって大型の地雷であるからだ。それを口にした瞬間、もう後戻りできなくなる。
蒼空が広がる広場に反して、二人の雰囲気はずっしりと重い。大自然の空気が、ヒト様のどろどろした感情などお呼びでないと、無言の圧力をかける。
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