言い淀み、キリンの顔をちらりと見るのに一瞬。キリンの虚ろな目を見て、覚悟を決めたのも一瞬。
ジャックは一息に、導火線に火を付けた。
「こいつは、まさかとは思うんだが。まさか、まさかなんだがよ……俺が、タリューに似ていたから、とか、言うんじゃねえだろうな?」
ひ、と息を吞む音がしたのは錯覚だろうか。キリンの鉄面皮に罅が入った。鬼のような紫の面が、喉を詰まらせた。
同時にジャック、ああ、そう……と目を閉じた。当たってほしくなどなかった推理が、青年の最後の理性を剥がした。
キリンもジャックも、転生というものを信じていない。そんなヒトに都合のいい奇跡は、この世に存在していないと思っている。
ジャックがタリューに似ていると思ったのも、きっとただの他人の空似だ。ほんの少しヒトよりおしゃべりで、浅黒くて、面影が似ているというだけのこと。
けれど、キリン――スルワラだったものにとって、心に孔を残して去った思い人とどこか似ている、ただそれだけが、致命傷だった。
どこにでもある、恋の話だ。
呪術王カワキのアジト、その地下牢。キリンとジャックが出遭ったあの日。キリンは、ジャックという少年に一目惚れした。
それ故に、キリンはジャックを助けた。
それ故に、本来の顔を隠し、ジャックに過剰なほど接触した。
それ故に、暗殺者のセオリーを曲げ、呪術王カワキに地獄を見せた。
それが、冷酷な暗殺者の思考を千々に散らし、作戦を迷走させたものの正体だ。
――今はそれが、なぜか。許しがたい。
ジャックは腰に下ろしたはやぶさの剣を抜き、キリンに突きつけた。
「俺と決闘しろ、キリン」
キリンは何も答えず、片手で能面のような顔を覆い隠した。
見た目には、激情にかかれているのか、悲嘆にくれているのか、よくわからない。ただ、凪。それが不気味だった。
ジャックは蚊帳の外の忍者、士獣をちらりと見た。声こそ漏らしていないが、覆面から覗く目元は驚愕に染まり、ぽかんとこちらを見ている。
声を出してないのは、常人よりも口下手なせいだ。他の者なら恐らく、ジャックの脈絡のない発言に驚き、なんで!?という台詞を吐いているところだろう。
誰に聞かせるでもなく、ジャックは説明を始める。
「くだらない痴情のもつれ――なんて言う気はねえ、が。あんたの場合は話が別だ。あんたほどの怪人が、俺ごときへの執着で正気を失うってのは、呆れて言葉もねえ。
四年前から二年前にかけての俺の人生を無為に消費したのは、あんたの執着のせいだ。今さら蒸し返すのは恰好悪いが、気が変わった。今この場で一発殴らなきゃ、俺が世話になった奴らに示しがつかない。何より、迷惑だ」
迷惑だ、という言葉を吐き捨てたとき、ジャックは自分の心が冷え切っていくのを感じた。ああ、いよいよ後戻りできなくなったな、と。
命の恩人に対して、ありがた迷惑だなどど叩きつける暴挙。自分がこんな恩知らずな人間だとは思わなかった。聞くヒトが聞けば非難轟々であろう。
でも、これは理屈じゃない。今こう言わないくらいなら、俺は死んだ方がいいとジャックは思った。その理由は、自分でも説明できそうになかった。
剣先をキリンの眉間から離さず、最後の言葉を言い放った。
「来いよ、ロリコン野郎。四十も過ぎて、昔の恋人の面影にしか欲情できねえ脳髄、叩き割ってやる」
「……ひ」
大いに心を抉っただろう言葉の刃に対し、キリンの口から奇妙な息が吐かれた。
ひ、ひひひ、ひひひひひひひひひひひひひひひひひ、と。虫の這う擦過音のような、ヒトの発する音とも思えない声だった。たっぷり数秒かけてようやく、それは笑い声なのではないかとジャックは気付いた。
背中を丸め、顔を手にうずめて身体を震わす様は悲嘆にくれているように見え、聞いていると不安になるような笑い声と合っていないように思えた。まるで童話に出てくる魔女のような笑い方だった。
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