「ご名答だよ、くそっ。こんなに早く盾をはがされるとはな……!」
ジャックが法被の裾を振ると、ジャラジャラと金属質な音と共に、長い鎖が現れた。先端には鋼鉄でできた分銅。中距離戦用にジャックが選んだ武器だ。
分銅が付いている側を右方向に構え、目一杯振り回す。ひゅんひゅんと鋭い風切り音が、ジャックの耳に響く。人体に当たれば骨を砕ける、れっきとした殺傷道具だ。
やはり、と感慨深そうにキリンが目を細める。キリンの知る限り、二年前までのジャックは鞭の類を使ったことがなかった。それをここまで使いこなしているということは、キリンが監視をやめたこの二年間で習得したということ。借金返済という重荷が消えた今、ジャックは大真面目に、自身の鍛錬に向き合ったのだ。
その目標といったら、やはりそれは――
「わたしを倒すため……いやいや、殺すためか。こんなレンダーシアの辺鄙な田舎まで追いすがるほど、それほどまで怒っているってことだね、ジャック」
「馬鹿馬鹿しいとは言わせねえぞ、ババア。『恨んだ相手は、魔界の果てまでだって追い詰めろ』ってのは、裏社会の原則だろう……がっ!!」
ジャックは鎖分銅の先端を、キリンに向かって放り投げた。狙いはキリンの関節だ。
高速で射出された分銅が、キリンの左足の膝を捉えた。がいんっという金属音が響くと、分銅が高く弾き返された。
攻撃に怯むこともなく、キリンが前進する。距離を詰められることを嫌ったジャックは、鎖を引き戻しながら後退した。
キリンから逃げ回りながら、ジャックは素早く思考した。
先ほど分銅が当たったときの音は、骨に当たった音ではない。普通は関節に当たっただけで悶絶ものの激痛が走るはずだが、キリンは平然と立っていた。すね当てか防御系の呪文か、何らかの防御策を講じていると思われる。
キリンからの反撃を警戒し、ジャックは舌打ちをする。わかっていた話だが、物理的な攻撃が通じる気がしない。技術の巧い下手、地力の強い弱い以前に、防御が完璧すぎる。タネすらわからない守りを突破しない限り、勝負にもなりはしない。
懐から三個の手裏剣を取り出し、キリンに向けて投げつけるが、キリンはその全てを避けた。顔面を狙ったのを悟られたか。
投擲武器はけん制にしかならないようだと悟り、ジャックが立ち止まる。真っ向から殴り合う構えだ。クナイを取り出し、右手で握りこむ。
ジャックに追いついたキリンは、クナイを構えるジャックを見ておやおや……とこぼした。
「素手の相手に刃物構えるのはずるいんじゃない?」
「冗談。妥当なハンデだろ」
ヨヨヨとわざとらしく噓泣きをするキリンに、ジャックは短く吐き捨てた。
本音である。刃物のひとつも帯びずに、この達人と殴り合えるわけがない。
キリンの首目掛けて、逆手に持ったクナイを振り抜く。切れ味の鋭い刃物の一閃を、キリンは躊躇なく素手で弾いた。避けもせんのかい、とジャックが心の中で毒突く。
キリンの黒い手袋が破け、その下の素手がのぞく。派手に切り裂かれたはずの手のひらは、鉄塊のようなくろがね色をしていた。一筋の出血もないどころか、切りつけたクナイの方が刃こぼれしていた。
鋼化呪文<アストロン>かなアレ、これ刃物通じないだろ、ずるいとか言ってふざけんなこの野郎。心の中でひとしきり罵倒しながら、ジャックは構わずキリンを攻撃し続けた。
クナイを持った手の甲を押さえ、捌き、叩く。クナイをフェイントにして殴るが、避けられる。挙句の果ては右手を強打され、クナイを取りこぼした。
刃物の防御がなくなった途端、ジャックに悪寒が走る。思わず後方に飛びのけるジャックを、キリンは追わなかった。
一歩下がった位置からキリンを見た瞬間、悪寒の正体がわかった。キリンは右手を弓のように引き絞って、背中側に隠していた。接近したままではわからなかったが、もう一拍後退が遅かったら、あの右手を浴びせられていたかもしれない。文字通りの『鉄拳』だ、喰らったら甚大なダメージを被ったはずである。
「逃げてばかりだね。せっかくの機会だ、もっと殴り合おうじゃないか」
手をクイクイッと動かして挑発するキリンに、ジャックは何も返答できなかった。
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