キリンの足を取り、その後方に向けて突進する。バランスを失ったキリンの身体は、あっさりと地面に転がった。
キリンの身体を抑え込みながら、腹の位置にどかりと座る。キリンといえど、馬乗りの姿勢になった相手を引き剝がすのは至難の業であるはず。もはや己の、暴漢そのものの暴挙を省みる余裕は、ジャックにはない。
その頭の中は、キリンから受けた『呪い』の残り香が居座っている。致命的なことになるという予感があっても、手が止められない。戦いの熱が、ジャックの暴走を加速させる。
この女を、斬らねばならない。
ジャックは、腰に帯びた柄に手を伸ばし、片手で小刀を抜いた。日光の反射で輝く刀身に、キリンの目が釘付けになる。
年季の入った鮫皮の柄に、キリンは見覚えがあった。あの日のエレンが担いでいた、エルトナの刀と同じだった。
「――ああ、そうか。こうなってほしかったのか、わたしは」
両手を小刀につがえ、自分の顔に突き立てようとするジャックを見て、キリンは笑っているとも、泣いているともつかない、曖昧な表情を浮かべた。そして、
「いいよ、君になら」
と、とても穏やかな声で、キリンは自分の首筋を白日に晒し、ジャックに差し出した。
その、あまりに悲壮で、自然な動作で差し出された首筋を見て、熱に浮かされたジャックの頭が冷えた。
あれほど義務感で『殺せ』とささやいていた心が一斉に押し黙ったのを感じ、ジャックは呆れてしまった。冷静になれば、『呪い』などこんなものなのだ。
何をやっているのだ、俺は。振り上げた刀を鞘に戻そうとして、再び手を止めた。
――本当はわかっていたんだ。好意も嫉妬も、殺意も怖れも、全部言い訳だ。
「悪いな、キリン。あんたの望みには、付き合えない」
とす、と軽い刺突音が響いた。ジャックは、キリンの顔から狙いをずらし、白い髪が散らばる地面に小刀を下ろした。ひと房の髪が竜の頭から切り離された。
目を開けたキリンは、妙に接近したジャックの顔を見た。
――俺はただ、この先二度と手に入らない、これほどの熱を、手放したくないだけだ。
ジャックは、キリンの唇に口付けをした。息の邪魔をしないよう、軽く押し付ける程度に。
時が妙にゆっくりと動いていくように感じた。ジャックにも、キリンにとっても。
雨粒が天から地に落ちるほどか、枯れた葉が木から地面までひらひらと落ちるほどか、曖昧な時間が過ぎるまで、二人はそのままでいた。
そうして、どんな魔法にも再現できない時が過ぎた後。
「い゛に゛ゃ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!」
「ぬわーーーーっっ!!」
一足早く正気に戻ったキリンが、自分の身体に覆いかぶさる暴漢(ジャック)を力いっぱい突き飛ばした。
呪文のチカラがこもっていたのか、ネクロバルサの突進のような破壊力を秘めた腕は、ジャックの胸と腹にクリーンヒットした。
天地無用、というよくわからない感想が頭に浮かび、ジャックの身体が宙を舞った。
――こうして、殺し合いともじゃれ合いともつかない、二人の決闘は終わった。
・続き:
https://hiroba.dqx.jp/sc/diary/127254852654/view/7871274/