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決闘が終わった後、なかなかの騒動があった。誰が騒いだかというと、忍者と竜族が、である。
まず、忍者・士獣について。ジャックから一方的に、決闘を見守ることを指示された彼女だが、その任を果たすことはできなかった。投身自殺にしか見えない決闘の幕開けを見て軽いパニックを起こした後、士獣が気持ちを落ち着けた時点で、二人の追跡は不可能と彼女は判断した。いかに超人的な身体能力を持つ『おぼろ忍群』といえど、断崖絶壁を自力で降りることはできなかったのである。
ジャックとキリンの詳しい事情を知らない彼女は、二人の会話から決闘に至るまで蚊帳の外に置かれたわけだが、何かのっぴきならぬ事態が起きていることは察せられた。そこで彼女は、身近のヒトビトに助けを求めることにした。言うまでもなく、隠れ里に潜む竜族たちである。
崖上の広場にある竜の壁画は、実は壁画ではない――竜族の秘伝の術を用いて作られた幻影である。竜笛という特別な楽器を壁画の前で鳴らすと、門番にあたる住民が幻影を解除し、里に入れるようになるという仕組みである。
本来、部外者に笛を与えることは許されていないのだが、かつて里との交易を許されていた士獣の元・主人――裏クエスト屋の店主は、特別に竜笛を与えられていた。そして士獣は、いざというとき隠れ里とのパイプ役を務めるために、主人から笛を譲り受けていたのである。
ピュィィーッと竜笛を高らかに鳴らして幻影を解除し、隠れ里の中に入った士獣は、真っ先に里長の家に向かった。
そうして、里長オルゲンと、竜族が操る飛竜の協力を経て、ジャックとキリンが落ちた崖の下に士獣がたどり着いたとき、既に決闘は終わっていた。胃のものを吐き出して倒れるジャックと、なぜか若返った姿でわんわん泣くキリンを目の当たりにしたときの士獣とオルゲンの戸惑いは察して余りある。
二人が決闘に至った経緯は判然としないものの、ことはどうにか無事に済んだらしい。得体の知れない闖入者(=ジャック)にオルゲンは渋い顔をしたが、とりあえず隠れ里に迎え入れて治療することにした。未だ気絶したままのジャックを飛竜に縛り付けて、隠れ里に運搬したのである。
ちなみに、意識がないうちにあれよあれよと未知の体験をしたジャックは、後でかなり悔しがったようだ。
特別な許可を受けているキリンと士獣とは異なり、完全な部外者であるジャックを隠れ里に受け入れるにあたり、オルゲンと住民の間で少し揉め事があった。要するに、「口が固いのかもわからない輩を簡単に招き入れて、隠れ里の位置を漏らされたらどうする!」という話である。
侃侃諤諤の論争は三十分ほど続いたものの、オルゲンが訥々と説得したことで、ジャックの滞在が認められた。「負傷者をこのまま野ざらしにしてもバツが悪いし」「というか現時点で掟が大分蔑ろにされてるし(キリンと裏クエスト屋のことと思われる)」「クロウズの坊主があっちの若者を連れてくるなら、ここで部外者を追い返すのもどうかだし」という感じで、なんとなくのなあなあの話し合いが続き、反対派の住民が「まあいいか」とあっさり匙を投げたことで決着した。
後にこの経緯を聞いたジャックはその能天気さといい加減さに呆れたが、これが竜族の国民性なのかもしれないと考えることにした。よくもまあ、この調子で神話時代から今まで隠れ住めたものだ。レンダーシアの人間たちもあんまりこっちに気を回せなかったのかもしれない。勇者と大魔王の戦いが頻発する中、こんな秘境くんだりまで来る余裕はないだろうし。
ジャックは一泊二日の期限付きで、竜族の隠れ里に滞在することなった。胃袋を強打したものの、傷は大したことがなかったので、「回復したらさっさと帰れよ」というわけである。雑な扱いだな、とジャックは眉をしかめたのだが、文句を言うことはなかった。そもそもの目的は果たしたので、あまり長居することもないという判断である。
隠れ里といっても、崖上に数件の住居があるだけの閑村である。トゲトゲの生えた奇妙な住居や生活用具には興味を惹かれたものの、適当に歩いているだけで一周してしまう狭さでは、物珍しさより退屈さが勝ってしまう。やっぱり長居しなくて正解だな、とジャックは思った。文化人類学的にはこの上なく貴重な機会だが、そんな視点はジャックには一切ない。
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