どちらかというと、ジャックが困ったのは住民たちの好奇の目だった。
行く先々の住民に、やれ人間は何を食うんだとか、何を持ち歩いているんだとか、こっちには何しに来たんだとか根掘り葉掘り聞き出される。住居を眺めていただけで、住民の側から寄ってたかってくるので、ジャックはそのうちうんざりしてしまった。なんだかんだ、あまり接点がない他種族に興味津々だったのだ。
ジャックはジャックで、竜族の変わった見た目をじろじろ観察していた。紫や赤色、黄色などの肌色やウロコ、頭頂部から生える二本の角が目を引くが、中身は普通のヒトと変わらない感じである。今のキリンの姿とそっくりだが、キリンほど高い身長の者はおらず、体表の縞模様や尻尾も見られない。キリンと竜族も、微妙に違う種族なのかもしれない。
また、隠れ里の住民はみな中年以上であり、大半が老人なのだという。里長のオルゲンの孫が最年少であり、その彼も里を出ていって長い。集落の高齢化が深刻なのだろうが、そこに口出しするような甲斐性はジャックにはなかった。
隠れ里に滞在している間、キリンが姿を見せることはなかった。
そもそも、キリンはオルゲンの客人であり、彼の家に長期滞在しているという。オルゲンとキリンの関係は住民も詳しく把握していないが、傍から見ている感じ「年の離れた兄弟」のようだという。ジャックとキリンの決闘の経緯を断片的に聞き出し、オルゲンが叱りつけた結果、キリンは自室に引きこもっているらしい。子供かよ、とジャックは呆れたが、半分は自分のせいなので何も言えない。ジャックの側からもキリンに接触しようとはせず、オルゲンの家には立ち寄らなかった。
ちなみに、士獣もオルゲンの家に滞在している。キリンと女同士、会話に花を咲かせているようだった。
ジャックに宿を貸したのは、ダヌロという竜族の男だった。
丸々と太った中年のダヌロは、里一番の情報通を自称していた。要するにゴシップ好きなのだが、隠れ里の閉鎖的環境では情報収集も相当に厳しく、最新情報が去年のものという有様だった。むしろこの僻地にあって、大陸北部にあるグランゼドーラ王国の動向を把握しているだけ上等かもしれない。
そんなわけで、ジャックは他住民の倍くらい話題に飢えている中年男の相手をする羽目になった。訛り交じりの退屈なトップニュースを聞いた後、大陸の動向を尻の毛まで抜く勢いで聞き出されたジャックは、もう二度と隠れ里に来るものかと固く誓った。
ちなみに、ダヌロの目下の興味は「オルゲンちのおっかねえ客人と、胡散臭いグラサン男がガチンコ勝負!!?その隠された因縁とは!!?」というようなことだった。ジャックは頑として答えなかった。
***
翌日、隠れ里を出ていく朝。
回収したエレンの小刀などを確認し、身支度をしたジャックはオルゲンの家を訪ねて、一宿一飯の礼と出立の挨拶を済ませた。オルゲンもジャックの人となりを知って態度が軟化し、「情勢が落ち着いたら、また立ち寄りなさい」と快く言った。ジャックは曖昧に笑って応えたが、次に来ることはないだろうなという言葉は当然飲み込んだ。
そして振り返ると、キリンがいた。
音もなく背後に現れたジャックは思わず噴き出した。フンッと鼻を鳴らすキリンは、いつになく機嫌が悪そうだった。傍らには士獣もいる。
キリンは、昨日化けの皮を剥がした少女ではなく、見慣れたオーガの壮年に戻っていた。むすっとした顔でジャックを睨み、尊大にふんぞり返っている。
ジャックは言葉に窮したが、怯むことはなくじっと見つめ返した。キリンの虚勢を見透かすようである。毒気を抜かれたキリンは、わずかに目を逸らし、「憎らしいやつ」と小声で言った。
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