「ねえ、まおん。また誰か迷い混んできたわ」
「そうね、アーミラ…今度は誰かしら。楽しませてくれるといいのだけれど」
魔界宮殿の主たる双子の姫君たちは、いつも退屈している。
迷い混んで来るは、か弱く怖がりな人間たちだけ。魔界の高位である彼女たちのもとには、魔族でさえもよりつかないのだ。
暇をもてあます姫主たちは、たまに時空の狭間をくぐり抜ける人間たちと遊ぶのだ。
%PICID-425215679%「いらっしゃい、ここは永久に栄える魔界宮殿。私たちはこの宮殿に座する姫主」
「お美しい姫君たちよ、いったい、ここは…。
な、なにっ、魔界? ということは、俺は失敗したのか………」
「まあ、私たちのことを美しいと言ったわ。恐怖に怯えずこんなに落ち着いている人間なんて、いつぶりかしら」
「…私たちは暇なの。楽しませてくれるのならば、なんでもひとつ、願いを聞いてあげる」
人間の若者は、少し考えると、言った。
「俺ができることなんて冒険の話くらいだが、それでいいのなら」
「構わないわ。聞かせて、その話をーー」
若者は流暢な言葉で、自らの体験を語り始めた。
ある日村を襲われ、自分を逃がした弟と別れてしまったこと。
逃げついた町を救い、追われたこと。
弟と再会するために世界中を旅したこと。
様々な場所で起こった事件や不可思議な出来事。
そのどれもが、二人の心を浮き立たせた。
二人は満足していた。こんなにも心躍る時間は体験したことがない。
二人は告げた。
「あなたの話はとても面白かった。約束通り、願いを叶えてあげる」
「失敗した、と言っていたけれど、それのことかしら? 時を戻すことは容易くないけれど、それくらいなら…」
「違う。俺の願いはただひとつ。死んだ弟を、生き返らせてほしい」
それは、生けとし生きるもの全てにおける禁忌。だが二人にはできる。冒険話の礼に、できることはしてあげたかったから、二人は承諾した。
「弟は、亡くなっていたのね…。
弟が死んでなお、取り戻したいと言うの。本来ならば断るけれど、あなたの弟への愛は十分にわかったわ。
いいわ、生き返らせてあげましょう」
「でもその前にひとつ。あなたはなぜここに来ることができたの? そしてあなたが何度も「死なない」と言っていた弟は、なぜ死んでしまったの?」
若者は顔を青ざめさせると、しばらく黙り込み、囁くように答えた。
「…俺たちは、時渡りの術を伝承するエテーネの民。その力で時をかけて弟を探し、死んだと分かった」
衝撃ではあったが、やはり、という感じでもあった。魔界は時の通り道に存在する。意図して時空を移動する者が冷静であったのは、当然であろう。
真に衝撃であったのは、そのあとに続いた言葉だった。
「弟は勇者の盟友となり、その戦いで命をおとしたんだ」
「勇者…? 勇者の、盟友…?」
「ふふっ、ふふふ…。あははははっ!」
姫主はおかしそうに笑う。
「あなたは本当に面白い、なにを言っているのかしら。
人間なんて興味はないけれど、勇者は憎き血。その勇者の盟友だなんて! 可笑しいわ」
「…頼む、弟を、生き返らせて……」
歯を食い縛る若者にアメジストの瞳を向ける。その瞳が語るはただひとつ。
「願いを叶えることなんてできないわ。あなたは永遠に私たちの遊び相手でいて。あなたの弟のことは忘れさせてあげるから」
「魔族との約束は契約よ。あなたは最後の最後、私たちを楽しませることができなかった。願いを叶えることはできないし、元の世界に戻すこともできない。諦めなさい」
絶句する若者に、二人の姫主は微笑んだ。%PICID-425215463%
「いらっしゃい」