遥かな昔、ドワチャッカの大地は深き闇に沈んでいた。
空は煤け、陽は欠け、大地は呻き声を上げていた。
ドワーフたちは、光なき岩の狭間に身を寄せ、
ただ、息を潜めて滅びを待っていた。
だが、その闇を裂いた者たちがいた。
雷のごとき激情を胸に、閃光の斧を振るった――カブ
揺るがぬ大地の意思を身に宿し、震天の槌を掲げた――ナンナ
そして静謐なる叡智をその手に、賢哲の盾を構えた――ドルタム
血を分かたぬ三人は、義兄弟の契りを交わし、
いずれ“三闘士”と讃えられる伝説となった。
山神イプチャルの導きのもと、彼らは荒れ果てた大地を拓き、獣を退け、災厄を鎮め、王として君臨した。
カブは雷鳴の頂に「ガテリア皇国」を築き、
ナンナは地の底より「ウルベア地下帝国」を興し、
ドルタムは知を以て「ドルワーム王国」を統べた。
三つの王国は手を携え、
かつてなき平和と繁栄をもたらした――
束の間の、夢のような安寧であった。
やがて、時は誓いを風化させ、
英雄たちの死と共に、王国は争いを始めた。
誓いは忘れ去られ、契りは引き裂かれ、
残されたのは、ただ一つの王国--ドルワーム。
その王家の末裔は知っていた。
勝者の影に横たわる、贖えぬ悔恨を。
そして封じた。
兄姉の名を、契りの記憶を、血の証を。
すべてを、遠き大地の果てへと--風に紛らせて。
こうして伝承は語られ、伝説は眠りについた。
けれども、終わりはまだ訪れてなどいなかった。
いま、風の底で囁かれている。
封じられしその名--
骨喰らいの魔王。
喰らった骨を血肉とし、力を飲み干し、魂を咀嚼する。
咆哮とともに、名は世界から消え去り、
希望は、一片ずつ削り取られていく。
誓いすらも、魔王の飢えを満たす糧でしかなかった。
その影が、いまふたたび世界を這い始めている。
まだ誰も知らない。
三闘士の血を継ぐ者も、ただの村の少年も――
自らが“忘れられし誓い”の運命に連なる者であることを。
だが、運命は静かに、確かに動き始めている。
風のない村に、黒き羽ばたきの音が忍び寄る。
眠っていた因果が、ひとりの少年の運命を引き裂こうとしていた。
英雄の末裔たちはまだ目覚めない。
けれど、刃と咆哮、そして血の記憶が、
彼らを逃れられぬ宿命の渦へと引きずり込む。
そしていつの日か――
血の記憶が目覚めるとき、
かつて交わされた誓いは、ふたたび世界を導く光となるのか。
あるいは、深淵の闇へと還るのか。
風が止まったその夜、
世界は、ふたたび終わりへと歩き出した。