第二話 三人の英雄
リクがセリアを家に連れて帰ってからというもの、ティナとセリアは驚くほどすぐに打ち解けた。
セリアは持っていた絵本をひらき、優しい声で読み聞かせを始める。
ティナの小さな指が、真剣な眼差しで紙の上をなぞる。
一緒に掃除や料理まで手伝ってくれるセリアに、ティナはすっかり心を許していた。
夕暮れ、暖かい陽が部屋の中に差し込む頃、ふとセリアが話し出す。
「――遠い昔、三人の英雄が、この大陸を救ったのよ」
「えいゆう……?」
「そう。閃光の斧、震天の槌、賢哲の盾。彼らは義兄弟の誓いを立て、力を合わせて原始の獣を倒した。私は、そのうちの一人……賢哲の盾の子孫なの」
ティナの瞳がぱっと輝いた。
その光は、まるで胸の奥にあった小さな希望が、今、形を得たかのようだった。
「じゃあ……じゃあ、閃光の斧はお兄ちゃんだよ!」
ティナは弾かれたように顔を上げ、目を輝かせながら続けた。
「ティナ、見たの!夢でね、お兄ちゃんが光の中に立って、空から悪いものを追い払ってたの!」
セリアが驚いたように目を見開く。
自然と、その視線はリクの方へと向いた。
リクは困ったように、けれどどこか照れくさそうに微笑んだだけだった。
「……兄ちゃんは、ただの木こりだよ」
それでもセリアは、リクの手にそっと目を落とす。
硬く、分厚いその手のひら――無数の細かい傷と、ひび割れた皮膚。
それは何よりも雄弁に、彼の歩んできた道を語っていた。
重たい斧を振るい、泥にまみれ、誰にも褒められずとも働き続けた日々。
この手は、誰かを守るための手だ。
(……まさか)
心に浮かんだひとつの予感を、セリアは頭の片隅に追いやった。
***
帰り道、静かな村の空気に、異様な風が混じった。
ふと見上げた空――
流れる雲のすき間で、黒い影が蠢いているのに、セリアは気づく。
「……この気配、まさか……!」
視線の先で、夜空が、ゆっくりと裂けていった。
ーー闇は、静かにその口を開けた。