
第四話 旅立ち
朝が来ることなど、もうないのではないかと思った。だが、世界は無情にも、いつもと変わらず陽を昇らせる。
リクは、ベッドの傍に座っていた。
小さな手を握りしめ、ただ、祈っていた。
ベッドには、妹――ティナが静かに横たわっている。すでに手の施しようはないと、セリアは告げていた。
「……ティナ、目を開けてくれよ……」
返事はない。
細い肩がかすかに上下し、苦しげに呼吸を繰り返すばかりだった。
セリアは少し離れた場所で、そっと見守っていた。
この兄妹の静かな時間を壊さぬよう、そっと目を閉じ、祈りを捧げる。
そして――
「……リク、にいちゃん……」
かすかな声が、空気を震わせた。
リクははっとして顔を上げる。
「ティナ!? しっかりしろ! 今、薬草を――!」
「……だいじょうぶ……もう、わかってるの……」
ティナは、か細い指で兄の手を優しく包み込む。
「……おにいちゃんがね、光に包まれて、魔物をやっつける夢……ほんとうになったんだね……」
「ティナ……」
「……こわかったけど……でも、うれしかった……おにいちゃんが、誰かを……守ったの……」
「僕は……ティナを守れなかった……!」
「……守ってくれたよ……いちばん、そばにいてくれたもん……」
リクは唇を強く噛みしめ、こらえていた涙をこぼす。その雫が、ティナの小さな手に、静かに落ちた。
「……行って……」
「……え?」
「……たくさんの人が、まだこわい思いをしてる……おにいちゃん……行って、あの斧で……守ってあげて……」
「……僕が?」
「うん……だって、おにいちゃんは……“光の戦士”だから……」
ティナは、微笑みながら目を閉じる。
その表情は、安らかな夢に包まれているかのようだった。
リクは何も言えず、ただ、妹の手を握りしめていた。
***
その夜、静かに葬儀が行われた。
村人たちはティナの安らかな旅立ちに祈りを捧げ、声を殺して涙を流した。
火葬の煙が空へ昇る頃、リクは一人、崩れた祭壇の前に立っていた。
その手には、金色の刃を宿す斧が静かに揺れている。
セリアがそっと背後に立つ。
「……決めたのね」
リクは頷いた。
「……僕は、もう逃げない。
守れなかった後悔を、二度と繰り返さない。
この斧で……魔物を倒して、みんなを守る」
セリアは、その瞳をまっすぐに見返した。
「……なら、私はあなたの盾になるわ。
あなたが立ち止まりそうになった時、私は必ず、あなたの背を守る」
リクは、そっと斧を背負い、セリアの手を取った。
「ありがとう、セリア」
「こちらこそ……リク、“閃光の斧”の後継者」
風が吹き抜ける。
夜明けの光が、静かに空を染めてゆく。
こうして、リクの旅が始まった。
運命の歯車が音を立てて回り始める――その、ほんの少し手前で。
第一章 光の戦士 完