ある日、私は気づいてしまった。
この世界――そう、ドラゴンクエストXという壮大な虚構の大地において、真に頂点に立つ存在が誰なのかを。
それは勇者でも賢者でもない。オーガでもエルフでもない。
プクリポである。
丸い。小さい。ふわふわしている。だが侮るなかれ。あのつぶらな瞳の奥には、宇宙の理が渦巻いている。
だが戦闘が始まった瞬間、その小さな体は風のように駆ける。華麗に転がる。転がる。そう、転がるのである。あの“ころころ感”は反則だ。戦場においてさえ愛嬌を失わない種族。それがプクリポ。
しかもである。
装備が、何を着ても似合ってしまう。
重厚な鎧? ぬいぐるみが無理して着ているみたいで可愛い。つまり彼らは“衣装を征服する側”の存在なのだ。我々が装備を着るのではない。装備がプクリポに着られるのだ。
さらに恐ろしい事実がある。
しぐさ。
ただ立っているだけで完成されているのに、そこに「座る」「ねる」「もじもじする」などが加わるとどうなるか。答えは簡単だ。アストルティアの治安が乱れる。可愛さの過剰摂取により、周囲の冒険者が次々と膝から崩れ落ちる。
そもそも、あのフォルムは何だ。
ネコのようであり、ハムスターのようであり、しかしどちらでもない。絶妙なデフォルメ。耳の角度。手足の短さ。走るときのぴょこぴょこ感。これは偶然の産物ではない。開発陣はきっと知っているのだ。プクリポという存在がプレイヤーの心拍数をわずかに上昇させ、日常のストレスを浄化する効果を持つことを。
つまりプクリポは、癒やしの精霊である。
そして最大の魅力。
それは“守ってあげたくなるのに、実は守られている”という逆転現象。
全滅しかけたとき、最後まで立っていたのがプクリポだった、という経験はないだろうか。小さな背中が、世界を背負う。あの瞬間、私は悟った。強さとはサイズではない、と。
気づけば私は、気難しいボスよりも、レアドロップよりも、隣に立つプクリポの存在に安心している。
今日もアストルティアにログインする。
広場に立てば、どこかでぴょこぴょこと走る影がある。転んで、起きて、手を振っている。
世界を救うのは勇者かもしれない。
だが世界を“やわらかくする”のは、きっとプクリポだ。
これはただの種族愛ではない。
もはや信仰である。