去年の5月にpixivに投稿した文章の再掲です。
一応これが最初に書いた話ですが、見たことある方は同じ内容なので重複ゴメンナサイ。
「あれっ、帰っていたのか。珍しいな」
僕は何となく立ち上がった。
「ん、ちょっと用事があってな。ほれ、あの草食のモーモンを調べてるってやつが前来てただろ?もう少し詳しい調査がしたいから手伝えって言われて」
「そうなんだ」
僕が頷いていると、
「おい!アーシク!」
ヒューザが突然怒鳴った。
「え?」
突然怒鳴られたせいか、赤くなっていたアーシクが今度は目を白黒させる。
「お前んとこの嫁さん、どうにかしてくれよ。俺が音痴だから歌のレッスンをしてやるってしつこくってさ。いい加減うぜーんだよ!!」
「ごめんごめん。キールは思い込むと一生懸命になっちゃうタイプだから、ちょっと手がつけられなくってさ」
「まったく」
ぶつぶつ言いながら、ヒューザは出て行ってしまった。
「ヒューザ、帰っていたんだね」
再び椅子に腰かけると、僕はポットに手を伸ばして2杯目を注いだ。
「うん。もしかして、会いたくなかった?わざとじゃないとは言え、君にあんな大怪我させているんだし。会うの怖い?」
「怖いわけじゃないよ。ただ・・・・・・」
僕は意味もなく、コップを手の中で弄ぶ。
「どうしたの?」
急に黙り込んだのが気になったのか、アーシクが心配そうに僕を見つめた。
「何でもないよ。それより、アーシク」
「何?」
「今さらだけど、結婚おめでとう」
「やだなあ、急に改まったりして。どうしたの?僕たち花嫁への、キールへの贈り物を一緒に探しに行った仲じゃない」
「そんな約束もあったね」
僕の言葉に、アーシクはきょとんとした顔をする。
「まさか、覚えてないの?慰霊の浜で襲われた時、君が助けてくれたのに」
僕は黙って首を横に振った。
「・・・・・・ずっと言いたかったんだ。本当におめでとう」
「そう?うん、まあ、ありがとう」
何だか腑に落ちないような、でも照れたような顔でアーシクは微笑んだ。
♪.:*:'゜☆.:*:'゜♪.:*:'゜☆.:*:・'゜♪.:*:・'゜☆.:*:・'゜♪.:*:・'
浴室からバルチャの鼻唄が聞こえてくる。
「しばらく会わないから」という事で、今夜は久しぶりに一緒にお風呂に入ってバルチャの背中を流す事にしたのだ。
実の親が別にいるとは言え、自分を育ててくれた人だ。久しぶりに孝行がしてみたかった。
脱衣所で上に着ていた衣服を脱ぐと、ふと鏡に映った自分の姿が目に止まった。
真っ赤な、そして大きなみみず腫れが左掌と体全体に浮かんでいる。
とっさに剣を防ごうとして手を上げた時に受けた傷と、左肩から右の脇腹の端まで斜め一文字に入った切り傷の痕。
あの日、ヒューザから斬られた時に出来た傷。
【彼】に体を貸した後に受けた傷はどんな傷であっても、それこそ瀕死の重傷であっても回復魔法などでたちどころに回復した。まるで、最初から傷なんかなかったかのように。
でも、【僕】が子どもの頃に作った傷や、そしてこの傷だけは何があっても決して消える事はなかった。
『やべえっ、モロに入っちまった!』
あの時のヒューザの叫びが頭の中にこだまする。
確か、ひどく慌てた顔をしていた気がする。僕が他に気を取られてよそ見するなんて、あの時は思いもしなかったんだろうな。
「タオル忘れてるぞ」
無遠慮にカーテンが開けられ、タオルを持ったヒューザが入って来た。受け取ろうと手を伸ばすと、
「・・・・・・っ!」
瞬間的にヒューザが身を硬くし、息を呑んだのが分かった。傷痕が視界に入ったらしい。
『おい、起きろよ。こんなんで死ぬお前じゃないだろ?早く起きろよ!』
『俺が人殺しになっちまうじゃねえか……起きろよ!頼むから起きてくれよ!!』
朦朧としていく意識の中で、何度か耳にした叫び。
あの時、ヒューザはどんな顔をしていたのだろう?
「・・・・・・ほれ、」
ヒューザは気まずそうに目を逸らすと、タオルだけ乱暴に差し出してきた。
「ありがとう」
僕がお礼を言うと、逃げるように無言で走り去った。
「どうした?早く来ないか。湯が冷めるぞ」
バルチャのノンビリした声が浴室から響き渡る。
「今、行きます」
僕はタオルを近くの棚に置くと、浴室のドアを開けた。
♪海に消えた祈り♪
⇒https://www.youtube.com/watch?v=X9NhGuDBcFw
♪男声バージョン♪
→https://www.youtube.com/watch?v=J6VGjGbm3KY
右側で踊っているアイパッチのお兄様に絵を描いていただいています。