「背後から高速で接近する物体を検知……対象内部から1…いや、2体の生命反応を確認」
背に負うケラウノスからの警告を受け、ハクギンブレイブはバイザーを最大望遠にして対象を確認した。
空中を泳ぐように進むメイデンドール。
あげはを攫った際の一瞬ならいざ知らず、こうして悠然と舞う姿を見れば、それが異常な個体であることは一目瞭然である。
檻となっている下半身は、あげはの身の丈を軽く上回り、それに伴い全長も巨大、深紅のドレスから覗く素肌は水銀のような光沢に覆われている。
「確認した。ヤクト・メイデンドール。単独行動とは、手間が省ける」
思いもかけず作戦目標のひとつに至る道筋が開けたことを、ハクギンブレイブは静かに喜んだ。
メモリーキューブに備えられた、冒険者の人格をコピーするというシステムは、もとを辿れば膨大な演算処理能力からきている。
それはジェルミ存命の折から、錬金釜の補助装置として役立てられてきた。
ヤクト・メイデンドールはその代役としてアルファが生み出したマシン系モンスターだ。
ジェルミの技術に及ばず、メモリーキューブと同等の性能を与えるに際して余りにも巨大化してしまった弊害を、儀式に必要な術師を捕らえる機構を組み込むことでよしとした産物。
つまりは、今ここで破壊してしまえば、アルファによるジェルミの魂の錬金を阻止することが出来る。
…………しかし、である。
ここは、陸地から遥かな洋上なのだ。
「推奨、速やかな撃墜……撃……思考回路にノイズを確認……再起動する」
ケラウノスにとって最優先するべきは、サポート対象であるフタバの安全だ。
しかしだからといって、ヤクト・メイデンドールに捕らわれたアストルティアの民をあっさりと切り捨てる論理が、あまりにも性急に展開されたことを、他ならぬケラウノス自身が訝しむ。
「…………影響が、出始めたか」
ハクギンブレイブを乗せたサージタウスの行く先を睨めばそこには、もはや実体として顕現した夢幻郷が浮かんでいる。
「再起動完了。排除は対象内部の確認の後を推奨する」
あらためてくだされた提案は、ようやく実にケラウノスらしいものであった。
「了解。まだいけるな?」
「肯定。まだ投棄するには時期尚早である」
ケラウノスの不調は内包するゴルドスパインに起因している。
ケルビンのレポートにまとめられた、あの懸念である。
メモリーキューブの質量では、フタバのゴルドスパインをコーティングする分で精一杯。
フタバと異なり、もとより手脚なき存在である分、グランドラゴーンの影響を受け暴走した場合にもケラウノスであれば御し易い。
投棄先となる最寄りの海底火山の選定も済ませ、互いに覚悟の上での侵攻であった。
手綱など無くとも、サージタウスとは魔装を介してリンクしている。
ハクギンブレイブの意を受けて、ぐるりとロールし減速、ヤクト・メイデンドールの腹下へ回り込む。
「お~ろ~し~て~っ!!止まれってば!この!!!」
近づくにつれ、怒気に満ちた叫びが耳に飛び込んできた。
「キューっ!!」
そんな主の怒りに呼応してか、しらふじの毛並みがパリパリと紫電をまとい始める。
「わっ、ちょっモモ、放電はやめて!私までしび……あばばば!」
制止の言葉は今少し遅かった。
ヤクト・メイデンドールのフレームは勿論、あげはのヒレの先の先までくっきりと骨格が浮き彫りになるほどの電撃が迸る。
記者の仕事は生活リズムが不規則になりがちながら、カルシウムはよく摂れているようだ。
「……現在洋上につき、対象が機能不全に陥る攻撃は控えた方が良いと進言する」
何が不味かったのか理解が及ばず、きょとんとしたモモのつぶらな瞳がケラウノスの冷淡なカメラアイと交錯する。
「まあ、好都合と言えば好都合か……」
黒鉛をあげてゆるりと落下を始めるヤクト・メイデンドール、ちょうどその直下に位置していることは、この状況においてはせめても僥倖であった。
「浜まで押し戻す!」
サージタウスの足裏、スラスターの炎が勢いを増すままに、ヤクト・メイデンドールの鳩尾に頭突きする如く突貫し、遥かな大質量を抱え上げる。
「きゅ~~っ!」
「良い子だ」
はっきりと理由は分からずとも、この危機的状況を自身が招いたとモモも理解しているのだろう。
口をつぐみバフッと檻の中いっぱいに膨らんで、気絶しているあげはを包み込んだモモを褒めると、ハクギンブレイブは更にサージタウスを加速させるのであった。
続く