ついに完成を迎えたグランゼドーラ劇場。
記念すべき初回公演の開幕を待つ熱気に満ちたロビーに、口をへの字に曲げ、じろりと仲間の全身を睨め回すドワーフの武闘家の姿があった。
「……こういうとき、無駄にそつない感じで何だかムカつく」
「ヨナっぺ、唐突にひどくない!?」
ムカつく、はともかく、そこはかつて旅烏だった折の経験が為せる業か、無礼にならぬ程度に辺りを見回してみても、このエルフの術師が一番燕尾服姿での佇まいが堂に入っているように思う。
「てか、せっかくの機会なんだからドレスを着れば良かったのに」
「ガラじゃない。そういう役回りはシアちーに任せたよ」
やれやれと手を振るヨナの燕尾服姿もまた、社交界の姫様方からの桃色の視線をこれでもかと集めるほどにビシッと決まっている。
しかしヨナはその視線をアマセに向いているものと勘違いしていて、マニッシュな自身の魅力に気付く素振りはまるでない。
「…2つ頂こうか」
アマセはあえて伝えるべきでもないかと言及を避け、掌の上にトレイを携えたウェイターからすれ違いざま、ウェルカムドリンクを受け取った。
「ほい」
「サンキュ」
炭酸の弾ける音とともにふわりとレモンが香る。
当然、この後に備えてアルコール抜きのいわゆるモクテルであるが、流石は王都グランゼドーラ、シンプルが故にバランスが崩れやすく繊細なジン・フィズの味わいを見事に作り上げている。
『あるがままに』のカクテル言葉に相応しい澄んだ味わいにしばし喉を潤していたところ、アマセの耳は劇場前に馬車が滑り込む音を拾った。
「おっ、シーちゃん達もおいでなさったかな」
まだ閉じられたままの扉の向こう。
同乗者より一足先に降り立った白髪のオーガの少年は、恭しく手を伸ばす。
「シア、掴まって」
「……は、はひ」
差し伸べられた指先をそっと握り返し、褐色の肌の乙女は馬車から降り立った。
白を基調に薄紫の差し色のエレガントなローブデコルテ、大胆に胸元が開くもむしろ彼女にとっては普段の服装よりも肌の露出が少ない。
それでも呂律が怪しくなるほどに頬を桜に染めるのは、いつもなら目から下を隠すフェイスベールをシルクの透けるものに変えられてしまい、ほとんど素顔を晒すことになってしまったからである。
馬車の中ではずっと顔を両の掌で覆い隠していたシアであるが、いざ外に出れば、隣に立つユルールに恥をかかせるわけにはいかない、その一心で己を奮い立たせる。
彼と腕を組み、先までの様子が嘘のように威風堂々とレッドカーペットを歩み始めれば、海を割り対岸へと渡ったという聖人の伝説の如く、感嘆の吐息とともに人に満ちたロビーにすらりと道は開けた。
「や、お待たせ」
「お待たせしました」
「いいっていいって。半分はヨナっぺのせいみたいなもんだしな」
「なんでさ!?」
今回のこけら落としは要人や関係者限定、ユルールたちはアンルシアの招待で今日の席を賜っており、そこには衣装や送迎のサポートも含まれる。
グランゼドーラ城のメイド達はディオニシアとヨナ、2人にそれぞれ大量のドレスを用意し、あれやこれやと吟味しようとしていた所が、ヨナのドレス拒否により目論見破れてしまったわけだ。
その溢れた情熱の矛先が向くのは当然ディオニシアであり、次はこれ、その後はこれと途切れる事をしらぬ試着とは名ばかりのドレスアップショーに倍の時間を要したというわけである。
「演目はなんだろうな?」
このままでは食って掛かってきそうなヨナを牽制する意味でも、半ば強引にアマセは話題を切り替えた。
「大将はやっぱあれを期待してるのか?」
実は今日の公演、担当する劇作家の名は明かされているものの、内容は未だ伏せられているのだ。
「誰だって皆一度は、ホライズン・エクスプレス号に住んでみたいと思うじゃないか」
「そりゃあそうだが、やっぱ俺にとって一番は切法師かな」
「トルネードジャンクションの素晴らしい世界観をお忘れじゃないかい?」
「……わ、私は先生の新しいお話も見てみたい、と思います」
そこかしこで話の花が咲き乱れ、皆の笑顔と熱気にもはや収拾がつかなくなりそうなところ、待ちに待った観覧席への頁が開かれる。
予期せぬ展開にハラハラさせられることだろう。
華麗で迫力満点なアクションに度肝を抜かれるに違いない。
感動的なシーンに思わず涙を誘われるに決まっていて、厚手のハンカチを用意した。
あとは、目の前に広がる物語にただ身を委ね、楽しむばかり。
「さぁ、行こうか皆!」
~Happy Birthday~