穏やかな昼下がり。
キラキラ大風車塔の売店で買い求めたグラスを大事に両手で抱え、そっきんこは1人、風車の丘を歩いていた。
グラスの中身は、なみなみと翡翠に輝く微細で滑らかな氷の粒で満たされている。
このところ、そっきんこはエルトナ大陸で出会った抹茶スムージーなるドリンクにご執心なのである。
敬愛する(?)上司ずっきんこが赤いムシに示す中毒症状に関して、その様子を何処か白い目で見ていたそっきんこであるが、今ならずっきんこの気持ちがよく分かる。
食は癒し、この何処か故郷の湖を思わせる液体を一口含めば、爽やかな苦味が広がり、やがてその奥から顔を覗かせる茶葉の香りと甘みに日々のストレスがすうっと溶けていく感じがするのだ。
今日も今日とて、仕事の合間にジェットパックでふらりとひとっ飛び、また新たな抹茶スムージーに出会ったという訳である。
そうしてふらふらと彷徨い歩くこと数分、ようやくスムージーを堪能するに相応しい湿度の木陰を見つけた。
スムージーの水面は僅かに溶け艶めかしいとろみをまとって、キラキラと陽光を反射し今まさに飲み頃であると主張する。
どかっと腰掛け、太身なストローを咥えんとしたまさにその瞬間。
「……?」
そっきんこはお尻に伝わる振動に気が付く。
それは次第に強さを増し、ドドドドという地響きの音まで耳に届き始めるではないか。
目下、何よりも大事なスムージーを機密文書を扱うが如く抱きしめ、第一種警戒体勢できょろきょろと辺りに視線を走らせた。
そっきんこにとって失策であったのは、この木陰がちょっとした窪地にあたることである。
「……!!!」
すぐ目と鼻の先、ぽっこりと膨らんだ丘の向こうから、感情の読み取れぬ横長の瞳孔がぬっと現れる。
2つ、4つ、8つ、16、32……
一瞬で湧き出した羊の雪崩、その先頭を行く一頭に跨り草笛を吹く老人の姿に疑問符を浮かべる暇もなく、どとうのひつじの突撃を受け、錐揉み回転しながら宙を舞うそっきんこなのであった。
「……んがッ!!?」
まず脳裏を過ぎったのは、そっきんこのターンに合わせてリボンの如く飛び散る愛しのスムージーの末期の姿である。
「気がついたでござるか!あいや、自宅付近のしにがみのきしを狩っておったのでござるが、巻き込んでしまい此度はまことに申し訳ないでござる!」
絶望的な光景を突き破り、ぬっと顔を覗かせたのは、件の草笛の老人である。
うぐいす色のサーコート、その下には鎖帷子が覗く。全身を覆う鎖帷子はかなりの重量であろうが涼しい顔、そして荒れ狂う羊を乗りこなしていた抜群の体幹は、老人が只者ではないと物語る。
よもや、アブダクションされる側にまわってしまうとはと、一瞬、軍法会議まで覚悟したそっきんこであったが、老人は至って裏表を感じさせない好々爺の様子。
窓の外にはキラキラ大風車塔も見て取れて、先程の羊の突進はダイナミックな誘拐の手口ではなかったのだと、そっきんこはようやく胸を撫で下ろした。
「まこと不可思議、あの突進を受けて怪我が無いようにお見受けするが、何処ぞ、痛むところはござらんか?」
きんこ星人の柔らかな体質が幸いしたのだろう。
そっきんこはこくこくと頷いて、大事無いことを伝える。
「ふむ、しかし巻き込んでおいて何も出来ぬは神の兵の名折れ、もう少し落ち着かれたら、近くの村まで送るでござるよ。む、そうである、ご家族にご連絡をば……」
ドラキーメールの準備を始めた老人を、そっきんこはぶるぶると首を振り、手をばたつかせて押し留める。此度のスムージー探索は、ずっきんこには内緒なのだ。
言葉はなくとも、そっきんこの慌てふためく様子に、老人は思い当たる節があったらしい。
「ふふ、なるほどでござる。わしも若い頃は友ニコルと修行をさぼり、カジノや酒場に入り浸ったものでござるよ。おっと、今のは内緒の話でござる」
老人は茶目っ気たっぷりにしいっと人さし指を立て、ウインクをまじえた。
「しかしそうとなると、せめて何かお詫びの品でも……」
送迎は不要とあれば何とするか、しばし思案した老人は、ピンと閃き、笑顔を浮かべた。
「おお、そうである!!神の兵のお点前を、お見せいたそう!」
続く