その日、ユーマギア魔皇国の誇る要害の一つが、たった一人の男の手により灰燼に帰した。
背後から響く連鎖的な爆音を気にもとめず、灰色のコンバットスーツをまとった男は天を仰ぎ、咥えていた煙草を強く吸い込む。
砂の城が波に攫われるように煙草の灰がほろほろと散るなか、不意にこつりと踵に当たった小さな破片を拾い上げた。
それは、爆発による破壊の産物にしては、小綺麗に小さな円柱を象っていた。
選んだは、ドワチャッカの目覚め。
この品種はジャガイモの中では煮崩れを起こしにくく、うってつけなのである。
芋の天地を切り落とし、残ったフラットな部分をセルクルでくり抜いて、均一に火を加えやすいよう、ホタテの貝柱のような円柱状に整える。
数が揃ったら、フライパンにオリーブオイルを敷き、ジャガイモを並べたら、その天面に塩を振る。
やがて裏返し、あらためて天面に塩を振り、余分な水分、油分を拭き取りつつ、濃い焼き目が付いてきたらローリエを加え、バターと潰したニンニクも交えて更に火を通していく。
香りが馴染んだあたりで、フォン・ド・ヴォーを惜しみなくフライパンに注ぎ、ジャガイモ全体にしっかり煮含ませる。
最後はオーブンで中が柔らかくなるまでじっくりと火を加え、フライパンに残ったソースをあらためて全体にまぶしたら、その名も『蕩ける芋』を意味するポム・フォンダンの出来上がりである。
会心の仕上がりを前に満足気にうなずくも、手を休めてはいられない。
これだけの手間暇をかけながら、この料理はメインディッシュに添えられる付け合わせでしかないのだ。
今日は結婚記念日。
夫がクエストを終え戻るまでに、あと何品作らなければならないかを指折り数え、金髪の細君は幸せな重労働に柔らかな笑みを浮かべた。
手の中の焼け焦げた小さな破片は、男にポム・フォンダンの滑らかな口溶けを思い出させる。
あの幸せな夜は、一体いつの事だったか。
つい昨日のようにも、何十年と昔のことのようにも思えて、はっきりとしない。
魔皇の襲撃が、すべてを変えてしまった。
「おの…れ……貴…様……よくも…」
まったくの無防備に見える男の背中に、瓦礫の中からやっと這い出た魔物の一匹が、蹌踉めきながらもその爪を振り上げ迫る。
焼け焦げ千切れ果てているが魔物に似つかわしくないその礼装、そして男に向ける並々ならぬ憎悪は、彼がこの要塞の司令官であった事を物語る。
「……さて」
男は変わらず背を向けたまま、すっかり根元近くまで燃え尽きた煙草を口から放しピンと指で弾けば、それは放物線を描いてぽとりと魔物の足元に落ちる。
途端、天へと真っ直ぐ、指向性を持った爆炎が巻き起こり、魔物を骨まで残さず灼き尽くした。
「次は……」
未だ未練がましく掌にあった破片を握り潰すと、男はゆるりと歩き出す。
思い出の苦味が溶けて消えるまで……
けして訪れる事のないその日を目指して、胡乱な歩みは、止まることはない。
~完~