雨の降るローヌ樹林帯。凶悪な魔物が闊歩するこの地で私は、一人のプクリポに出会った。
「こんな雨の中何を?」
彼は「シーラカンスを追い求めている。」とだけ言った。
私は彼に興味を持ち、少し話を聞くことにした。
彼は最後まで、名乗らなかった。
名前を尋ねても、「もういいから。もういいだろ?」と繰り返すだけ。
だが、彼が幻のシーラカンスを追い求め十数年ここで釣りをしていることが分かった。
「夢だロマンだって家を飛び出してよ。最初は応援してくれたカミさんも、とうとう愛想を尽かして出てっちまったのよ。気付けばこんな年。釣れる前に俺がおっ死んじまうかもな。」
自嘲気味に笑う彼。しかしグラサンの下に隠されたその目は、今日こそ釣ってやる、そんな闘志で燃えているのが、私には分かった。
釣れども釣れども、カツオとマグロばかりのローヌ樹林帯。
いつしか夜になり、あぁやはりダメかと私は諦めの表情を浮かべた。
彼の相棒?はおいしい魚が大漁で大喜びしていたが・・・
だが彼は違った。その目は死んでいなかった。
「ここで諦めるくれえなら、カミさんが逃げ出す前に土下座して許してもらってたさ。」
しばらくして彼が叫んだ。先程までの穏やかで、どこかやさぐれたそれとは明らかに違う声だった。
「奴だ!奴に違いない!シーラカンスだ!!」
現場に緊張が走る。私は固唾を飲んで見守った。
シーラカンスは強かった。ときおり凄まじい大暴れを放ち、抵抗を続けた。
「奴だって生き物だ!大技の後にゃ必ず隙が生まれる!そこを狙う!」
だが無情にもシーラカンスの力を溜めた渾身の大暴れが炸裂した。
「しまった!なんてパワーだ!くいつきが!ルアーが外れちまう!」
悲壮感が漂った。逃げられてしまう・・・彼がすべてを捨て追い求めた存在が、手を伸ばせば届くすぐそこにあるのに・・・!
その瞬間だった。ルアーが光輝いたのだ。まばゆい光が辺りを包み込んだ。
光が消えたとき、なんとルアーのくいつきが復活していた。奇跡が起きたのだ。愚直に夢を追い続ける男の野望が奇跡を起こしたのだ・・・!
激闘の末彼はシーラカンスを釣り上げた。
ローヌ樹林帯、希望の丘。そこには確かに希望があったのだ。
シーラカンスの太古より変わらぬそのフォルムは、悠久の時の流れを旅して、今まさにこの現代にたどり着いたかのようだった。
表情の硬い彼も心なしか微笑んでいる気がした。
最後に私は、彼にとって釣りとは何か尋ねた。
「世の中は釣りを、釣りバトルなんて言うらしいけどよ、俺から言わしちゃ釣りは決して戦いなんかじゃねえんだ。」
彼は続けた。
「釣りは魚との、いや母なる海との対話だ。自然との対話と言ってもいい。俺も若え頃は魔物を倒しまくる戦いに明け暮れる日々だった。」
「だからこそ俺は釣りに癒しを見出だすことが出来たんだろうな。へへっ次は何を狙うかな・・・。」
彼は語った。大海原を見つめながら。
その海は、どこまでも青かった。