長い旅の末、私は氷の領界にたどり着いた。
油断すれば死。凍てつく極限の地。
そんな白銀の中で私はあるプクリポと再会した。
彼は・・・いや私は彼の名を知らない。彼は名乗らない。
ただかつてシーラカンスを釣るために、
己の全てを賭けていた事だけは知っている。
こちらへ気づいた彼は気さくに話しかけてきた。
「おう。あんたか久しいな。ローヌ以来か?」
私はまるで子供のように、はしゃぎ急かし聞いた。
何を釣ろうとしているのかを。
「エラスモサウルス。」彼は答えた。自然に。ごく普通に。
私は正直落胆した。エラスモサウルスなど・・・いるわけがない。
そんな馬鹿げた夢物語を彼の口からは聞きたくなかったからだ。
「首長竜なんぞいやしねぇ。そう言いたげだな。」
「だがな。俺はなんとしても首長竜を釣らなきゃならねんだ!」
彼は語った。
シーラカンスを釣った後、家族と和解したこと。
それから平穏な日々を過ごしていたこと。
数年後、流行り病のアタ・マーガズ=ツウ病に
妻と一人息子が冒されてしまったこと。
「元々体が弱かった嫁さんはすぐに逝っちまったのさ。」
「倅も危篤状態。俺ぁ文献を死に物狂いで読み漁った。」
「そして見つけたんだ。エラスモサウルス。奴の鱗こそがこの悪魔の病を治す薬になるってことを!」
私は感動していた。先の落胆の事などとうに忘れていた。
この男は己の野望のためでなく、家族のために今、釣竿を握っているのだ。
私は見届けることにした。男の真剣勝負を。たとえ釣れなくとも、
この戦いは後世に語り継いでいこう。そう心に誓った瞬間だった。
一体どれほどの時が経っただろう。この世界には昼夜がない。
精神的にも限界が近づいていたその時・・・
「うおっ!なんだ?やたらと重いのがかかったぞ。まっまさか!?」
私は目を凝らし海面を見つめた!するとそこには、
樽のような物に4つのオールが付いており、長い首の影。
魚影などではない!本当に存在していたとは!
この異形の姿は首長竜に違いない!
「な、なんてぇ馬鹿力だ!俺まで引きずり込まれちまう!」
そういえば首長竜は魚以外に、翼竜なども食していたのではないか、と
言われている。胃の化石からそれが見つかったためだ。
古代から生き抜く竜。その蛮力は、現代に生きる我々の想像を凌駕していた!
「ちくしょう!ここまで来て負けられるか!うおおお!」
だがこのプクリポとて負けてはいない!背負っている想いが、以前とは違う!
首長竜は体を揺らし抵抗した!そして長い首をしならせた一撃が炸裂した!
「ぐあ!くいつきが0に・・・!」
もうだめだ!そう思ったその時!
あたりが光で包み込まれ、くいつきが復活したのだ!
これは以前も起きた奇跡だ!
「まだだ!まだ勝負は終わってねえ!」
首長竜は残忍な笑みを浮かべている。
くいつきが回復したところで、未だ劣勢なのは確かなのだ。
どうすれば・・・。
しかし再びまばゆい光があたりを満たしていった!
何が起きたのか・・・音も何も聞こえない。
すると天から美しい女性が舞い降りた。一体彼女は・・・?
「お、お前!お前まで力を貸してくれるのか!ありがとう!ありがとう!」
彼は女性に向かってそう叫んだ。
女性は微笑みながら頷くと再び天に昇っていった。
ギャオオオオオ!首長竜の絶叫で私は意識を取り戻した。
首長竜は錯乱していた!激烈な光を浴び、目が眩んだからだろうか。
「今だ!」
一瞬の隙を彼は逃さない!渾身の力を込め彼は釣竿を引いた!
・
・
・
死闘だった。彼はついに首長竜エラスモサウルスを釣り上げたのだ。
「これで・・・倅が助かる。」
彼は安堵の表情を浮かべていた。
私は思わず拍手していた。
ハッとして私は、あのプクリポの女性の事を尋ねた。
「ああ。あれか。あらぁ俺の嫁さんだ。きっとあれも息子を助けたかったんだろうよ」
「死んでもなお、子を守らんとする、か。へへっ女は強ぇな!」
「・・・ありがとな」
彼は天を仰ぎながらそう呟いた。
その瞳からは涙がこぼれていた。
雪と氷で閉ざされた極寒の地、氷の領界。
だが男が流す熱い涙が氷ることは決してなかった。
いつまでもいつまでも・・・