DQX及び蒼天のソウラの二次創作。
◆◆32話 剣を以って◆◆
姉に見捨てられた──。
あの一瞬、渦巻いた感情の根源は、きっとそんな思いだったのだろう。
勢いのまま飛び出して…というか、家出しちゃって六日目。
落ち着きを取り戻した私は、正直言って恥ずかしかった。
帰りづらくて、母の勧めで通っていた調理ギルドで住み込みのアルバイトをさせてもらって、この先をどうしようとつらつら考え始めた頃、彼は来た。
「まさかそのまま大地の箱舟に乗ってしまうとは思ってなくって」
私の家出のきっかけになった事が気がかりで、わざわざ追ってきてくれたリュウガくん。
その性格の良さと、素直な行動力に私はますます自分の行動が恥ずかしくなる。
そして、すこしその素直さを見習ってみようと思う。
「せっかく、来てくれたから…話、しても?」
「はい。俺でよければ! これも冒険者の縁ですから」
真面目な顔で答えた彼に、休憩時間まで待ってもらえるように私は告げた。
(やっぱり…女の子の選ぶ店なんだなあ)
時間をつぶすならお茶が美味しいからお勧め、と指定された店はとにかく可愛かった。
真っ白な猫足の小さめのテーブル。
精緻な彫りで飾られティアラを思わせる背もたれの椅子は薄桃色。
ハートがあしらわれた小物や、絵本を思わせる小さな額に入れられた画。
(お、落ち着かない…)
男が一人でお茶を嗜むには、かなりの勇気のいる場所だ。
(入ってからでも…撤退する勇気を重視するべきだった)
笑顔の接客に負けて席に着いたのが悔やまれる。
そうやって自らの甘さ(?)を反省する事小一時間。彼女は来た。
「改めて、わざわざありがとう…ございます」
追ってきてくれた事。こうやって話をしてくれる事に彼女が謝意を示す。
注文した紅茶を口にして、彼女は少しずつの言葉で語りだす。
伸び悩み始めた剣技。
消えない憧れ。
追いつく事のできない現実
予感はあったのだという。いつか姉が自分を諫めるのではないだろうかと。
そしてそれが死刑宣告のように恐ろしい事だと思い込み、必死に目をそらしていたこと。
「あの時のお姉さんの言葉は、本心を正しく表した言葉じゃなかったはずです。酒の席の戯言というか、誇大に装飾された、勢いのついた言い方というか」
実際にお酒を飲んでいたわけではないが、油断していたからこその放言。
「ん、今はわかってる…それに自分の道を考えるべき時だって、それも…」
自分の行く先を自分で考える。
当然のようで、だれにとってもそうだとは言えないこと。
彼女は自分がそれに怯えていたのだと、子供だったのだと吐露する。
「だから…その、考えるためにも客観的な情報…欲しくて」
近しい者ではない。それでも気にかけてくれた人だから話をしようと決めたのだ。
「消えない憧れ。それはきっとずっと消えないと思います。俺の場合は父さんですけれど」
偉大で、厳しさと優しさを兼ね備えた父の顔を、言葉を、そして手を思い出して懐かしい気持ちになる。
「アイシスさんの剣はすごくきっちりとしていて基本が全くおろそかにされて無いと思います」
口に出してみると、こういう所はなんだか似ているなと思う。
父も俺に型はしっかり学べていると言ったことがあった。
「その分、戦いやすい人でもありました。攻め手が限られているというか…」
他者の腕前に口を出す事がこんなに大変だとは知らなかった。じっとりと汗が滲むほどに緊張して口の中が乾くのを感じる。
師というものの大変さの一面を見つけて、ラグナスさんには感謝しかない。
「あ、でも逆に守りの固い剣士だとも感じました。二本の剣がむしろ二対の大楯のように見えるくらいで」
これは誇張ではなかった。
鍛錬された正確で無駄のない動きは、こちらの攻撃を随分と捌いたのだ。
そんなふうに彼女の戦い方について話しているうちに、ふと気づく。
「あ、だから僧侶…」
「え?」
俺の突然の呟きに、彼女が怪訝そうに首をかしげる。
「いえ、お姉さんの口にしたいっそ僧侶ならって、意味があったんじゃないかなって」
ずっと共にいたイストさんは本能的に悟ってたのかもしれない。
身を守る事に長けたアイシスさんの技術と性格。
その上で剣を手放して欲しい、危険から遠ざかって欲しいという望みから出た言葉。
ならば…。
「守る事…剣を以ってそれを成すこと…そういう道はないでしょうか?」
閃きだったのか、天啓だったのか、つい口に出していた。
アイシスさんが自分で考えるための相談だったはずなのに。
「剣を以って……」
言葉にすると共に彼女の瞳に強い光が宿る。
俺はそれを確かに見たのだった。