DQX及び蒼天のソウラの二次創作ですのでご注意を。
◆◆67話 悪魔の爪と水の魔族、そして鳥◆◆
魔法の力で生み出された業火を自らの魔爪によって切り裂くと、イズナの眼前で炎は春の強風に散らされる桜のように美しく儚く散っていく。
わずかな甘い熱の痛みが頬を撫でるのが戦場の興奮を掻き立てる愛撫のように、闘争本能を刺激する。
「もっと大きなハコだったらもっと本気になれるのに」
鋭く伸びた爪は女性のおしゃれの領域を逸脱した残忍な悪魔の爪。
広げた翼はまだどこか窮屈そうで、室内の戦闘に遠慮を示しているかのよう。
「メラゾーマ!!」
オノレフが手負いとは思えぬ精度で呪文を放つのと同時、椅子の背を蹴って跳ね上がり翼の角度で天井すれすれを泳ぐように翻って射線を脱すると、そのまま至近距離へと降り立つ。
「メラっ」
予測していたのか顔面目掛けて速射されるオノレフの火球。
強引に両手の爪で薙ぎ払うイズナはバランスを崩してそのまま仰向けに倒れ……。
「とどめです!」
「あかん。さがれぇっ」
好機をつかんだ歓喜を主が打ち消した瞬間にオノレフの胸元に三筋の裂傷が刻まれ血飛沫が吹く。
「ごめんねー。イズナちゃんおみ足も危険な女だったりするのよん♪」
ウィンクして余裕を見せるイズナの笑顔にオノレフは戦慄する。
(さすがにイズナちゃんは駆け引き上手ね。でも相手の呪文も速い。少し焼かれたみたいだし…決着を急がないとだめかしら)
深刻なダメージではないとケケは判断して、慌ててイズナの援護に手を割かず代わりにマッシュウに発破をかける。
「ギャラリーも増えてきたわ。マッシュウちゃんも決めちゃってね」
「まかせるどー! お嬢様にちょっかいをかけたこと後悔させてやるどっ!」
応えながら足元の財宝を蹴り散らしてマッシュウの拳が唸る。
「筋肉だるまがえらそうやな! このぉ!」
破城槌のごとき迫力をもって打ち込まれるマッシュウの拳を、大筆のリーチとしなりをもって打ち払いジョイフーは反撃を叩き込む。
押されているように見えて距離を保ち、打撃を加えていながらも内心の焦りは膨らむ一方だ。
(あのケケとかいう男女魔族や! あいつが後ろに退いたんがケチのつきはじめや!)
そもそもこれだけ派手に戦闘が行われて時間が経過しているのに、二対三の状況が変わらない。
その原因こそがケケであった。
「敵の本拠地に転移してバトルするのはリスク高いわねぇ。でも、そう海の上の船内なのね。それならまあ」
転移魔方陣から現れたイズナの説明にケケはそんな風に答えた。
そしてだからこそイズナもケケを巻き込んだのだ。
「おまえらぁ! もっと根性みせろやー!!」
ジョイフーの叫びに配下の魔物達は大わらわだ。船を突き破って循環する分厚い海水の壁の向こう側で。
「無理させない方がいいと思うわ。ほらサメさんとかも泳いでるから」
ケケは優しく微笑む。
ウェディの姿は伊達ではない。水こそがその魔力に最も馴染むものであり、その扱いともなれば有象無象の魔物では手出しできるものではない。
(こりゃ…本当にあかんな。下手したらわしの墨まで洗い流されかねん)
オノレフの炎の呪文とも相性が悪くジョイフーはかえって頭が冷えていくのを感じていた。
ちらりとイズナとオノレフを視界にとらえる。完全に肉薄され勝負は決する寸前だ。
「水墨術…怪奇日食図」
突撃するマッシュウを思いっきり大筆の尻骨で突き返すと、空中に円を描きまるで欠けていくように塗りつぶす。
「石やっ!」
奇怪な所作にケケ達が警戒した一瞬、ジョイフーがオノレフに向かって駆け出すのと、文字通り墨が塗りつぶしたような闇が広がるのは同時だった。
「なんだどー!?」
「しまったっ」
闇の中突き出した爪に手ごたえがない。
ほどなくして闇は消え失せるが、ジョイフー達の姿もまた消え失せていた。
「んーやっちゃったかなあ。お気にの靴も破いちゃったのに逃がしちゃうとは~><」
戦闘モードを解除してイズナがうーっとなっている。
「ど、どーなるんだどこれ!?」
あわわとなっているのはマッシュウもである。
「細かい調整をするような余裕はなかったでしょうから、話に聞いた迷宮へとつなげたのかしらね」
現状からはそこまでしか推測できないとケケもここまでねと術を解く。
海水が制御を外れざばざばと流れ落ち、立ち往生していた魔物達が遠巻きにケケ達を見つめている。
「それじゃあ、お疲れ様~。イズナ達帰るね」
「いやいやお嬢様どうするど!?」
「あれでリモちゃんはお姉さまだし心配しなくても大丈夫よ」
完全に戦いの雰囲気が消え失せたケケ達に追いすがるマッシュウ。
取り巻く魔物達は一歩も動くことはできなかった。