故郷シエラは雨である。
この地で育ち、若くしてこの地を旅立った二人。
赤い衣服に身を包み、使い込まれた両手剣を背負う青年ユキ。
そして身軽そうな衣服に身を包む娘シルファーは、帰ってきた故郷シエラで日頃の戦いを忘れ、今日は完全にお休みモード・・・のはずだった。
シル「あぁー、もう!」
ユキ「そうむくれるなよ」
シル「だって、降ってるから!」
完全に気を抜いて私服で来たシルファーは、ずぶ濡れにご機嫌ななめ。
シル「ユキはいいよね!こんな日にも冒険服で来てさ!汚れてなんぼだもんね!」
機嫌に任せて皮肉をはいてしまうが、ユキは表情を崩さない。
ユキ「冒険者たるもの、いついかなるときも用心を忘れず。基本だぞ~?」
そう言ってようやく笑みをこぼすユキも、なかなか良い性格と言えよう。
そしてこう続けるのだ。
ユキ「でも、これなら晴れた日の期待も高まるってもんだ。」
シルファー「なにわけのわからないこと・・・あ。」
なにかを思い出したように言葉を止める。それに気づいたユキが再び話し始める。
ユキ「何度も見ただろ?ここが晴れると絶景じゃんか。飽きないんだよなぁ、その眺めはさ。」
シルファー「うん、そうだね。」
冒険者として長い期間の修行をこの地で重ねた二人。その過程は決して楽なものではなかったが、修行のあとにのんびりと、光る海と空が交わる景色を眺めるのが、何よりの楽しみだった。
ユキ「長く険しい旅の途中だけどさ。」
シル「うん」
まるで、後になにが続くかわかっているように、シルファーは頷く。
ユキ「いつでもまた、この景色を見に来ような。」
シルファー「うん!」
満面の笑みで答えるシルファー。
だが次の瞬間
「「ピシャァーン!!」」
突然の落雷。話に夢中になっていたシルファーは、
シル「きゃっ!!」
【また来ることがあればだけどな・・・】
シル「え?ユキ、今なにか言っ・・・」
シル「ユキ・・・?」
落雷に一度目を伏せ、再びまぶたを開けた先に、彼の姿が消えていた。
雨の影響か、なにかはわからないが、言葉にし難い不安がよぎった。
シル「ユキ!どこにいるの!?返事してよ!」
雨音が響くなか、必死に彼の返事を待つが、一向になにも聞こえてこない。
信じたい。雨音が強いだけだと。視界が悪いだけだと。アイツの性格だから、驚かすつもりなんだと。
いくつもの安心材料を並べようと、胸に居座る不安が消えることはない。
シル「ユキ!ユキ!」
【ユキーーーーッ!!】
「ユキ様がどうかされたのですか?」
シル「・・・・えっ」
シル「えっ?・・・えっ?夢?」
「大丈夫ですか?きさま」
声のするほうへ向き直り、できるだけ平生を装って返す。
シル「あ、え、うん。ライオンちゃん。心配いらないよ。」
なにが心配いらないのか。そう言いたいくらいにひとつため息をして、ライオンと呼ばれたコンシェルジュは続ける。
ライオン「大分うなされていましたよ?」
シル「そう、みたいだねぇ、汗もすごいや・・・。でもいいのいいの、夢なんだし!」
そう言いながら笑顔もまだぎこちない。その理由は
シルファー(なんでかな・・・、夢だから安心するはずなのに・・・)
夢の中の不安が継続していることに疑問を隠せないシルファー。
シル「よしっ」
勢いよく立ち上がり無理やり気合いを入れる。
シル「まずはユキを探さなきゃ。」
最も恐れている展開を避けるため、シルファーは家を出た。