【2年前】
「しるたん容赦ないなぁ、これでも本気なんだけど・・・」
「ぐぬぬ・・・、同じ両手剣なのに、なんで!」
青と緑がきらめくウェナ諸島。その中で音色と唄を古くから伝えてきた、シエラ巡礼地。
だが、先程からこの地に声を響かせる二人には、そんな伝統はお構いなしだ。広々とした大地を端から端へと暴れまわり、修行の地として剣を交えるだけの話である。
手加減をしろと言いながらも、その顔には笑みがみえる青年ユキ。先程から途切れず飛んでくる斬撃を、各所各所にガードをまわしさばいている。
「だーっ!いい加減余裕見せんのやめなさいよ!ムカつくなぁ・・・!」
そんな愚痴を叫びながら一向に攻撃をやめない娘シルファー。攻めるだけが優勢ではないと言わんばかりに、どちらに分があるかは一目瞭然だ。
ここで防御に徹していたユキが、次のシルファーの剣の動きに合わせ、上段ガードしていた両腕に力を込める。
ユキ「くら・・・・えぃっ!!!」
ついに渾身の力をもってシルファーの斬撃に合わせにいったユキ。豪快な金属音と共にシルファーの両手剣は弾き飛び、その反動でシルファーの体ごと仰け反り倒れてしまう。
シル「いったたた・・・」
尻餅をついたシルファーがゆっくり起き上がる。
「終わったようじゃの」
遠くから近づいてくる足音と声に、二人は振り向く。
ユキ・シル「老師!」
地獄老師。そこかしこに点在するじごくのつかいとは見分けはつかないが、気性の荒いまもの達のなかでも極めて珍しく人間と同じ言語を話す。それと同時に穏やかな性格を持ち合わせるため、二人からは慕われていた。
数年前にここを訪れた二人に修行の地として提供したのも彼であり、彼もまたこの地に伝わる音の伝承には、興味を示していなかった。
なお、一見恐れられそうな地獄老師という名は、常に二人を優しく見守るこの【優しきまもの】に対し、二人で決めて付けた名前である。
老師「さぁ、二人とも並んで。ゆくぞ・・・ベホイミ!」
暖かい光が二人をつつみ、修行で消耗した体がみるみる回復していく。もとより近接戦に特化した二人は、こういった回復には無縁であった。修行をして、老師が回復をする。毎日繰り返す日常的な流れである。
シル・ユキ「ありがとう老師!」
老師「ふはは、こんな老いぼれがお前らみたいな未来あふれる冒険者の面倒を見れるのじゃ。過ぎた贅沢というものよ。」
表情こそわからないが、その口調から笑顔であることが伝わってくる。
老師「だがしかし修行だからと、やりすぎるんじゃあないぞ。特にユキよ、お前なんかは血がのぼると周りが見えなくなるからのう。」
二人を何年も見続けてきた老師であるため、その見解に偽りはなかった。
シル「ふーん!こいつがそんな風になったら、ぶちのめして止めてやるもんね!」
劣勢であった身でありながら大口を叩くシルファーには、さすがにユキも苦笑いをしてしまう。
ユキ「まずは俺に勝てるようになってから言えっつーの」
負けじと言い返すユキ。こちらは逆に優勢のまま今日の修行を終えたため、言葉に説得力がある。そのためシルファーも、ふんぞり返ったまま開けていた大口も閉じていってしまう。
シル「ふ、ふん!ばーかばーか!」
もはや意味のない切り札である言葉を吐きながら、シルファーは走っていく。
その後ろ姿を見つめるふたり。
老師「ほれ、修行のあとじゃ。いつもの場所にいくのじゃろう?」
ユキ「そうですね。あいつもそこへ行くつもりでしょうし。」
修行が日課であれば、崖の上から海と空の絶景を眺める、これもまた二人の日課であった。遥か遠くの城下町より加護を受ける海と、それに合わせるかのように輝く快晴の空。修行で疲れた二人を、この景色が癒してくれるのだ。
老師「ふふふ、若いのう。」
変わらない風景。
だが、この日常。
世界の中心、レンダーシアの異変に連動するように、急変を迎える。
崖の上でふたりは、はしゃぎ疲れた体を休めるように、眠りについていた。