世界の中心レンダーシア。
魔王部隊の進軍、勇者王子の亡命、突如姿を消した幼き王女。
これらの事件の噂はたちまち世界中に及んだ。
その風の噂は【ここ】にも例外ではなかった。
すでに日も暮れ始め、崖から二人が戻らないことに気付き、眠りについたのだろうと老師は察する。
老師「魔王部隊の進軍・・・か。」
考えていたのは誰もが知る近年のレンダーシアの悲劇。
噂によれば、魔王軍が求めるのは勇者に関わる何か、もしくはそれ自体であるらしく、それとは無縁の周辺の大陸には被害はないはずである。だが・・・
老師「万が一ということもある・・・二人に危機が及ぶその時は・・・・」
【貴様自身の命を賭けるとでも?】
老師「!?」
どこからともない、まるで脳内に響くような声。悪寒を隠せない老師はつい声を荒げてしまう。
それとは対照的にひどく落ち着き、聞くものを震え上がらせるような低い声。それは辺りを見回す老師の背後へ実体を現す。
「ごきげんよう。愚かな人間ごときに肩入れする、哀れな同族よ。我が名はゼルドラド。」
その巨体は老師の倍近いものであり、大きさだけではなく、まるで邪悪な気が視界に見えさえするような禍々しさだ。
老師も、まもの達のなかでは決して弱い部類ではなく、魔法、打撃においても並の初心者や中級者が挑めば対等もしくは圧倒できる部類であるが。
老師(いかん・・・格が違いすぎる。ワシにも、そして・・・あの二人にも!)
崖の上で寝ている二人はこちらの様子など知る由もなく、眠り続けている。
老師がこちらに助けに来るより先に、奴の移動が速いことだろう。なおかつ無防備な二人。仮に気づいて起きたとしても、その一瞬の隙はゼルドラドには十分なものだろう。
まだ出現したばかりの脅威が、その存在感を持って、思い付く限りのあらゆる退路を断たせる。
老師(ならば・・・・そうじゃな。)
ゼルドラド「ほう、やはりその身を賭すか。愚かなことよ。」
老師「まったくじゃの。なんの因果か心というものがワシに住み着いてから、ワシを慕ってくるあいつらに情が湧いてしまった。じゃが不思議なもんじゃ。一切の後悔はない。」
なるべく落ち着いて、言葉を並べる老師。【最後になるかも知れない言葉】を、そして普段は滅多に語らない気持ちを、しっかりと述べたかったのだろう。
当然のごとくそれを冷酷に嘲笑うゼルドラド。その耳に届くのは、最期など関係なく、【ただのまものの戯れ言】だった。
ゼルドラド「そろそろよろしいかな。私もこの地のみに時間を割くわけにはいかんのだ。大魔王様の脅威となりうるものは、大から小まですべてを潰さねばならない。」
老師「ほう、ならば好都合。お前さん相手に長くなどもたんからの。メラゾーマ!」
振り上げられた老師の手から、その体格にも及ぶ巨大な火球が表れる。
並の者ならば、これを見れば逃げ出し、身に受ければ即座に死をさまようことだろう。
だが目の前の悪魔にしてみれば、ただの【火】。それ以上も以下もなく、その冷徹な笑みと共に微動だにしない。
ゼルドラド「悪いが、どんな小さいものであれ。」
静かにゆっくりと、ゼルドラドは片手を振り上げ
ゼルドラド「抵抗されること自体が嫌いでね。」
禍々しい力を集約するように掌に力を込める。
ゼルドラド「その魔法を持ったまま死んでくれたまえ。」
ゼルドラドが勢いよく片手を降り下ろすと同時に、その手から赤き閃光が放たれる。
老師「グぅおおオオオオオ!!!」
無慈悲なことに、閃光は老師に直撃したまま命の炎が消え去るまで体にまとわりつく。
ゼルドラド「もはや何もできまい。あとはその身が朽ち果てるのを待つだけよ。」
喋りながら閃光を片手にたたずむゼルドラド。これが終われば間違いなく、二人のいる崖へ行くことだろう。
老師(それだけは・・・絶対に!)
ゼルドラド「むッ」
絶対的な脅威、ゼルドラド。その出現からこの瞬間まで、この小さき相手に優勢など許さなかった。
だがここで最初で最後の誤算。致命的な誤算。
死に至る分には申し分ないこの閃光が直撃した瞬間、死はすぐに覚悟した。むしろ受け入れてしまった。ならば最後に命の灯火を使いきって出来ること。
ゼルドラド「貴様・・・、詠唱を!」
老師「聞こえん・・・かったかぁ?・・・・ワシと同じ・・・で・・・耳でも・・・遠いのか・・・のぉ?」
最後の悪あがきか、まものとしてのプライドか。途切れ途切れの皮肉を吐き捨てる。
先刻まで見下していた存在の抵抗を前にして、ゼルドラドは口元はへの字、牙がむき出しになるほどに歪む。
老師「もう二度と・・・現れて・・・くれるな・・よ・・・」
元々上げていた両腕に最後にして最大の力を込め、
老師「バシルーラ!!」