小さいころ、ウルトラマンシリーズをはじめとした特撮番組を好んでよく見ていた。そのせいかおかげか、今も昔もやたらかっこいいシーンや行動に憧れは抱く。リアルでそれを実行すれば人様の迷惑にしかならないため、このドラクエXにおいてキャラメイクや日誌などで発散させてもらっている。ありがたい。
便利なものが普及した今では、YouTubeなどで過去のウルトラマンシリーズや主題歌、シーンなどを見ることができる。それを見て、「ああ、こんなシーンあったな!」とか、「こんなシーンもあったんだな。」とか、「やっぱこの曲いいなあ!」とか懐かしんだりして、そこで見たヒーロー達のかっこよさが、また日誌に活かされたりもする。
大人になってからそうしてヒーローたちを新たに、もしくは再び見ることによって、大切なことに気づけることがある。それはこのドラクエXをプレイしていくうえで自分にとって、とてもとても大切なこと。
【永遠の時を生きるヒーローはいない。】
いくら強い力を持ってしても、ヒーローとていつかは衰え、かつての力を失っていく。完全無欠の存在なんていない。
だが、ヒーローは一人じゃない。その力や想いを受け継ぐ者が必ず現れ、そしてまた次の世代、次の世代へと未来永劫ヒーローは生まれ変わっていくのだ。
永遠を生きるヒーローはいない。だがヒーローの物語は、永遠(エテーネ)だ。
【たとえ逆境の中でも。】
正義があるなら、それを阻む悪しき者も必ず存在する。時には力及ばず、闇の前に屈してしまい、諦めてしまいそうな時もあるだろう。それは仕方のないことだ。ヒーローだって人間なのだから。
それでもヒーローを信じる人々のその心が、ヒーローを応援するその声が、倒れかける体を支える力となり、限りない不屈の闘志を呼び起こすのだ。
正義の光ははヒーローだけのものではない。世界中の人々の心に、光は宿っているのだ。
【大切なものを守るために。】
なんのために戦うのだろうか?本当に守る価値のあるものなのだろうか?戦いの中で目にしていく光景は、決して自分に都合の良いものばかりではない。時には人々の汚い欲深さも見てしまうことはある。
そんな中で必ずヒーローは「戦う意味」を問われてきた。確かに世界は良い部分だけではないだろう。不完全な部分もあるだろう。だがそれらすべてを引っくるめたこの世界を大切だと思えるからこそ、ヒーローは人に寄り添って戦い、守り抜いてくれるのだ。
【あの頃の僕と、いまの俺】
小さいころ、ただ憧れを抱きながら見ていたヒーローたち。
大人になってからようやく気づく。ヒーローたちは戦いながら、子供だった自分たちに、大切なことを教えようとしてくれていたのだ。
ありがとう。大人になってもあなたたちヒーローが憧れだからこそ、今だからこそ気づくことができました。
そしてあなた方のような素晴らしいヒーローたちがこのドラクエXの中で、戦い続けてくれています。