気が向いたらかなり頑張って書いてます。
「ムニエカの町」考察の続きです。
過去の日誌に1~4がありますので、先に読んでくださいね。
ムニエカの町のお話は、
エルンスト・テオドール・アマデウス・ホフマンの小説「砂男」と
それをもとに作られた、
バレエ作品「コッペリア」が7.0のお話で、
オペラ作品「ホフマン物語」が7.1のお話になっています。
この考察をしてる人をネット上で全く見かけないので頑張って書いてます!(´;ω;`)
今日は前回書けなかった、ケガレの考察を書きます。%PICID-708661488%前回は砂男の小説から見たナタナエルの狂気と
ムニエカの町のケガレについて説明したのですが、
今回はオペラの「ホフマン物語」の視点から、
ケガレについてお話をします。
オペラは、ホフマンが酒場で恋人を待つ間に
3人の女性との失恋話を語っていく物語なのですが、
その裏には常に女神と悪魔の攻防があります。
女神はニクラウスという男として、
いつもホフマンの側に良き友人として
彼を見守っています。
悪魔は、ホフマンの恋敵として出てくる
コッペリウス、ミラクル医師、リンドルフという3人の男の役です。
女神とニクラウスは1人2役で女性が演じ、
コッペリウス、ミラクル医師、リンドルフは
1人3役で男性が演じます。
オペラでは、女神はホフマンを芸術家(詩人)として
生きさせようとし、
悪魔はホフマンを恋に堕落させ破滅させようとし、
ホフマンの運命を左右し動かそうとし、
芸術と愛の葛藤を描いているという解釈があります。%PICID-708674916%ゲームではドロテアが友人のニクラウス、
ルーミリア(天使)が女神として描かれているのは明白で、
ケガレは一見悪魔として描かれているように見えます。
しかし、ルーミリアが天使としての独善で、
住民たちを人形として生き永らえさせたことは
倫理的に反する、悪魔的な行為であり
そのせいで住民たちからケガレ(悪魔)が
生まれてしまいました。
ムニエカの深層ではナブレット団長が
「自然の摂理に合わない」と生命の倫理観について話をします。
ルーミリアはムニエカの住民を人形にしてからは、
「人間の生と死」について考え葛藤し続けます。
オペラで言う女神と悪魔の両方の性質を持つ姿が
ルーミリアには描かれているのではないかなと思います。
オペラは女神が悪魔に勝利し、
恋によって身を滅ぼしたホフマンに
芸術家として生きるように立ち直らせます。
ゲームではケガレによって
エドアルドがなくなってしまうことは、
死の勝利であり、生命のあるべき形になってゆくことが示されています。%PICID-708663892%とても悲しい結末ですが、
オペラと違いエドアルドとルーミリアは
相思相愛でお互いを想いあってきたところが
本当に良かったです。
エドアルドがルーミリアに再会できることを信じて
住民たちを直し続けたことと、
最後に「命を救ってもらえて、ムニエカを愛してくれて、自分は幸せだった」と
ルーミリアへの愛と感謝を伝えて
魂を全うすることに救いがあります。
私はこの最後のムービーが7.1で1番お気に入りです。
メインストーリーの主要キャラで
がっつり恋愛を描いたものって本当に久しぶりで、
私は大変満足です。
ドラクエ10って兄弟愛や家族愛、
友情のお話の方が多いような…
なんにせよエドアルドとルーミリアは
純愛ストーリーで本当に良かったです(´;ω;`)
まだまだ書きたいことあるので、
また読んでもらえたら嬉しいです!
しかし何度も言いますが
私はオペラを全幕見てないので
オペラの説明が間違ってたらごめんなさいです!!
最後まで読んでいただきありがとうございました♪