「起きてアー!起きて~!朝ご飯の時間ですよ~!」
現在朝の7時30分。いつものごとく二度寝に突入しようとしていた私は、いつものごとく城の家政婦兼家庭教師のルーに起こされる。ふかふかのベッドに涙ながらに別れを告げて、這いずるようにしながらもなんとか食堂に到着する。
「あらあら今日は一段と寝坊助さんねえ、昨日はいつまで夜更かししてたのかしら?」
そう聞かれた私は、膨れっ面でこう返す。
「別に特別夜更かししてた訳じゃないってば、私が朝弱いって知ってるでしょ?」
それを聞いたルーは骨の体を器用に動かして肩を竦め、城の掃除をするために食堂を出て行く。
細かい違いこそあれど、何年もやってきたいつものやり取りだ。いくら練習してもそこまで上手くならない彼女の料理…スクランブルエッグとベーコン、そして丸っこいパンを食べながらいつもの通りしみじみと思う…あのパン屋の主人を灰にしたのは、全くもって早計な行為だったと。
元はこの城の姫だったルー(本名ではなく私がつけた名前だ)は、一般常識も、識字能力も無かった私に色々な事を教えてくれた大切な存在だ。だからこそこうやって毎日の食事も作ってもらっているのだが、こうも変わり映えのしない朝食というもの些か堪えかねるものでもある。
早急にあのパン屋の主人並に美味い食事が作れて、尚且つ自分の『亡者生成5th』でも灰にならない程度に肉体が頑丈な死体(十中八九そんな都合の良い死体はないだろうが)を探し出さないとな、と心のメモ帳に記入していると、突然食堂の扉が力強く開けられる。力強過ぎて扉がバキバキと音を立てる程であったが、特別驚くこともない。これもいつものことだからだ。
「どうしたのヴー、まだ訓練の時間には早いでしょ?また隣の国でも攻めて来たの?」
入ってきたのは巨大な剣を持ち、真っ黒な全身鎧を着込んだ騎士、ヴだ。私の配下のアンデットの中でも最も屈強な彼には、この国周辺のパトロールを任せている。そんな彼が剣術の指導以外でここに現れるということは、隣国の「人道的な軍事介入」だろうな、などとぼんやり考えていると、
「いいや違う、隣の国は…いつからかは分からないが、影も形も無くなっていた。前あった所に残ってるのは海だけだ。」
予想していたのとは全く違う答えが返って来た。
「え?どゆこと?」
「分からん、分からんが…兎に角異常事態だ。まずは一体何者が隣の連中を消したのか、俺達の国に影響はあるのかを知る必要がある。」
どうやら、かなりの厄介事のようだ。かれこれ5年程彼に国の防衛を任せっきりにしていたが、問題が起きたことは無かった。それはひとえに彼がこの世界においてかなり上位に位置する戦闘能力を持つからだ。 単なるヒトとは比べものにならない膂力、アンデットならではの耐久性と無尽蔵のスタミナ、そして生前の洗練された戦いのセンス。そこに私の強化魔法が合わさった結果、彼一人でも他国の侵略軍を楽々壊滅させることができていたのだ。そんな彼が警戒し、私の判断を仰ぐ相手とは一体どんな存在なのか。
「分かった。私の作れるアンデットの中で索敵特化の『眼球の集合体』と『不死者の隠密』を貸すから、急いで相手がどんな存在なのかを調べて来て。私はルーに何か分かることはあるか聞いてみるから。」
未知の敵と相対する際にはまず相手の情報を得る。外敵と戦う上で最も無難な選択だろう。実際、この時点で私のとれる行動としては一番のものだったと言える。
…もはや全ては遅過ぎたのだが。