夢を見ていた。
「ア、少しいいか?………おいア、聞いてるか?」
「あ、私?ごめんごめん、…えーと、それで何の用?」
まだ私達が出会ったばかりの頃のこと、ヴーとルー、そして私が食堂の席にそれぞれ着き、話していた。
「お前のその名のことなんだが、呼びにくくて敵わん上にお前自身も呼ばれたことに気付きにくい…今みたいにな。
これから共に生活していく上で、その名前であり続けられると少々困る。何か新しい名前にできないか?」「え~、私結構これに慣れてるんだけどなあ…」
私の新しい名前でもあり、血の繋がっていない家族との間にあった絆。それが生まれた瞬間だった。
「だったらさ、"アー"って呼ぶのはどう?これなら私達ともお揃いだし、呼ばれても分かりやすいでしょ?」
「それ、いいかも…」
「ふむ、前よりかは呼びやすい名前になるな。」
奴隷だった頃は無縁だった色んなことを、二人は教えてくれた。読み書きの仕方や剣術、家族の大切さにいたるまで。
「本人も気に入ったみたいだし、アーのこれからが明るいものになることを願って乾杯でもしちゃいますか!お酒取ってこよ!」
「何言ってんだ、俺達は飲み食い出来ない体だってこと忘れたか?」
「こういうのは気分よ気分!匂いは分かるんだし!」「匂いだけ分かっても意味無えだろうが!」
二人がわちゃわちゃと騒いで、私は少しの間あっけに取られた後、なんだかおかしくなって、そして笑って。
そんな毎日が続くと思っていたのに。あいつが全部、私から、私達からそれを奪っていったんだ。
あいつを殺すまでは絶対死なない。いや、死んでも死霊になって殺しに行こう。殺した後は何度も蘇らせて拷問してやる。正気を失うまで痛めつけて、そして、そして…
「…あれ、ここは…?」
鈍痛を感じ目を開けると、そこは見知らぬ部屋だった。白一色の天井が私を迎える。すると突然、聞き覚えの無い声…それも大声が、私の耳に飛び込んでくる。「…!起きた!ねえ、大丈夫!?どこか痛い所とかない!?」
ベッドに転がる私に話しかけてきた声の主は、私よりも少し若いであろう外見の少女だった。
白髪赤目の獣人…恐らく猫科のものであろう耳と尻尾を生やしている。顔以外を煤けた防爆スーツのようなもので覆っているので確信は持てないが、ルーに教えられたような「全身が体毛で覆われている」ということはないような気がする。
知識の中の獣人と眼前の人物との差異について考えつつ、とりあえず質問には素直に答えておく。
「あ~…お腹のとこがちょっと痛…」
すると、獣人の少女は途端に血相を変え
「そんな…!ごめんなさい、すぐに治すから少しだけ待ってて!今隣から医療キットを取ってくるから…」「ちょ、ちょっと待って待って待って、めちゃくちゃ痛いって訳じゃないからそこまで焦らなくていいから!それよりも色々聞きたいことがあるからちょっと質問させて!」
今にも部屋から飛び出しそうになっていた彼女は一瞬ビタリと動きを静止させ
「ごめんね、そうだよね!こんな全然知らない場所にいきなり連れ込まれて不安だよね!ごめんなさい私そこまで気が回らなくて!なんでも聞いていいからね本当に」
「オーケーオーケー分かった分かった分かったから!一旦落ち着いて!それから話そう!ね!」
「えーと、それで、ここはどこでどうして私はここにいるの?」「ここは複合国家"グリム"の中枢研究所で、あなたはメファに殺されかけて、ここに緊急搬送されたの」
数分後、私は獣人の少女…名前はフィムと言うらしい…から現状の説明を受けていた。
「私達はあなたの協力が必要で、本来は私がそのお願いをしに向かうはずだったんだけど…あの子、何を思ったか暴力であなたを連れて来たりして…同僚として、あなたには何てお詫びしたらいいか分からない
…だけど、少なくとも私がいるうちは、あなたのことは傷付けさせないから、心配しないでね。」
どうやら、私があの女に連れ込まれた国"グリム"は私の力を必要としているらしいが、以前からフィムとメファとの間には意見の相違があったようで、今回の件はメファの暴走に近い行い…ということのようだ。
「少し休んだら、リヴィル…この国の王様のとこに行って、今後の話をさせてもらうね。私達に対してマイナスのイメージしかないとは思うけど、なんとかあなたに協力してもらえるように努力させてもらうね。」
正直、あそこまで強大な力を持つ人物を抱え込んだ国に私が提供できるものなんて想像しにくかったが、それもリヴィルという人物に話を聞けばわかるのだろう。そして、もし本当に私がメファの上役にあたる人物に必要とされているなら、奴への制裁を交換条件にすることも出来るかもしれない。
そして、初めから私にそれを否定する権利などあるはずもなく、その時が訪れた。