グリムの中枢研究所の屋上にあるヘリポート、そこから件の異界のある場所まで飛んで行くため、私達はそこに向かっていた。
「…」「…」
目的地までの廊下を、メファに先導されながらお互い無言で歩く。奴は自分の正面にいるため表情は見えないが、なんとなく無表情な気がした。
「……フィムと、あなたは話しましたよね?」
突然、彼女から投げかけられる質問。若干訝しみながらも、そうだと答える。
「あれには、この国の様々な実務を任せています。併合された区域の暴動鎮圧、公共事業、そして危険な異界が発見された時には加勢を求めることもあります」
そこで、彼女は私の方をちらりと見る。
「あれの労力を国の運営以外に向けることは、グリムにとって大きな損失です。…本来ならあなたの治療も、王様に頼みたかったくらいに。」
メファの言いたいことを理解すると同時に、腹の底から怒りが湧き上がってくる。
要するにこいつは、自分が私達に危害を与えに行ったことを棚に上げて、あろうことか私がフィムの手を煩わせたことを責めているのだ。しかもヴーやルーを殺したのはフィムの仕事を減らすためにやったことだとも言っている。本当に人に殺意を抱かせるのがうまい奴だ。クソッタレが。
「おや、誰かと思えば…大量殺人鬼のメファさんじゃないですか、今日も同僚いびりに精が出ますねえ、私感服してしまいました。」
憤怒で我を忘れかけていた時、突然前方から声が聞こえた。これまで施設内ではフィムとメファ、リヴィル以外の人物を見かけなかったので、少し驚きながら辺りを見回す。
…だが、何者かの気配は感じるものの、周辺は先程と変わらない廊下のままで、自分達以外の人影は全くなかった。
「彼女はまだ私達の同僚ではないわ、ハウンド。」
…どうやら、こいつには見えているらしい。不快さを感じる私をよそに、ハウンドと呼ばれた声は皮肉を続ける。
「ええ、そうでしょうとも。誰かさんが無理矢理ここまで連行してきたせいで、不信感を感じているでしょうからね。協力してくれる気なんてさらさら無いでしょうからねえ?」
「彼女はあの国で、自分の気に入った死霊と8年も同じような暮らしを続けていた。…現状に満足する者を引っ張り出すことの難しさはよく分かってるんじゃないの?」
虚空から舌打ちの音が聞こえると共に、ハウンドの気配が消える。そして、気がつけば周囲はヘリポートだった。
「え?…あれ、いつの間に?なんで?」
「…十中八九、ハウンドのやつの幻術でしょうね。普通なら着いている頃合いだったので少々疑問に思っていたのですが…」
そこで肩をすくめて言葉を区切り、メファは停まっていたヘリの内の一つに乗り込む。
「あれのことはひとまず忘れて下さい、強がってはいても自分の立場については理解していて、私達に危害を加えることはないですからね。」
言うだけ言ってから、メファはヘリのエンジンをかけ始めた。