深夜2時。
ヒトも魔物も寝静まるこの時間、風の町アズランにある合同墓地の一角から異音が響き始めた。
ざく、ざく、ざく。
まるで、"掌で土を掘り進めている"かのような音が、しばらく続く。
数分後、そこから腕が突き出され、土の中から人が這い出して来た。
死化粧をし、白い装束を纏ったエルフの少女は、辺りを見渡すと、一言叫んだ。
「窒息死するかと思った!!!!!!!!!!!」
………………
突然だが、私の持論として、「理不尽」は何にも勝る害悪である、というのがある。
空から鳥の糞が自分の頭に落ちて来た時、
妹が錬金術の素材に資源を使い込んで、その穴埋めを姉である私がすることになった時、
私達のエテーネ村を、忌まわしい冥王共が焼き払った時。
いつも私は理不尽だ、と心の中で、あるいは直接口に出して叫んだものだ。なぜ私が?と。
あの"エルドナ"と名乗った自称神に、エルフの死体にお前の魂を突っ込むと言われた時もそうだ。何故私がそんなことをしなければならないのだと叫び散らしたかった。
なにせ私はただの村娘。度重なる妹の無茶振りにより多少の剣の心得くらいはあったが、それでも一般人の域を出ないだろう。事実あの冥王には、抵抗すること暇も与えられることなく殺された。
そんな私が、何故強大な化け物を殺すなんてことができるのだろうか?いや、できない。そうに決まっている。
それでも、私に奴を殺せと言うのなら、それは私の大嫌いな理不尽以外の何物でもないだろう。
……………
目を覚ますと、私は所々を街灯に照らされた暗闇の中にいた。
どうやら今は夜…それも深夜だという推測が立つ。
「エルドナ…ここどこ?」
たまらず不安に駆られ、案内役代わりの神に問いかけ…少しの間と共に、脳内へ直接返答が届いた。
「おや、先程の狂乱ぶりと比べて、大分落ち着いたようですね?人の子フィーネ。」
それでは返事になっていないじゃないかという言葉をぐっと胸の内に押し留め、エルドナの発言に集中する。
「ここは私の管轄区域であるエルトナ大陸。緑豊かで、自然と調和した街並みが特徴です。」
自慢気に語られる「自分の管轄区域」とやらの話はひとまず無視しておくとして、私は違和感しか感じない自分の全身を確認する。
薄いピンクの肌、「引き締まった」とは到底言えない柔らかい二の腕、極めつけは背中の羽。
…どうやら、私は本当に他人の、それも別の種族の体に魂を入れられてしまったのだろう。
「………最悪。」
それだけが、今の私の精神状態で許された唯一の罵倒だった。