お嬢様は誤解をされやすかった。
あれは国領の南東、おとぎの辺境伯が主催するパーティでのことでした。
公爵令嬢という立場で招待を受けたお嬢様は、来賓客としては最上位の厚遇を受けることとなりました。
個別に用意された席は周囲から浮く程華やかに飾られ、運び込まれたオードブルも到底一人用とは思えないほどにシェフが付けられているご様子。
確かにこの爵位の出ですから、そのもてなしに直接ケチを付ける方々はいないでしょう。それでも明らかな扱いの差を目の当たりに気を良くしない方がいるのも事実です。ましてやその相手が子供なのですから。
招宴の人混みの中からポツポツと向けられる疎ましさを孕んだ視線。彼女は他人の気持ちに誰よりも気が付く子です。
そんな嫌悪と目が合ってしまいました。別にお嬢様はそれを受けてどうするということはないでしょうし、考えてもいないでしょう。
しかし不運にも目の合った名無しの貴族は何かを思ったでしょうね。燃えた羊皮紙のように身体を縮ませるとアサファ・パウエルと同じ速さで会場を駆け抜け姿を消してしまいました。
このセバス、誠に遺憾ながらその脱兎の如き速さに感心してしまいましたな。お嬢様に汚い目を向けていた俗物だというのに。ははは。
そして会場の目は一意に"怯え"を含み、お嬢様へと注がれたのです。彼女は凛々しい顔立ちを怖がられることもしばしば、このような顔合わせの場面では怒れる神のように映ったことでしょう。
その後、会場に張り詰めた緊張感は解かれることはなく、終わりの時まで重い空気を引き摺ることとなりました。
一連の事は参加した貴族どもの口から方々に伝わりだし、それを受けた公爵様は手の者を放つとお嬢様は自分の最期を悟る間もなく命を落としました。噂が噂であったとしても、名前に傷が付くことは避けたかったのでしょう。
あの場に居て何も出来なかった私こそが心臓を捧げるべきだというのに。ああ、この無力感を悔いることも許されない。
お嬢様は本当に美しく、強く、自分を持っている。そして誰よりも他人のことを考えられる。幼いながらも私の敬愛する方でした。
ある日の夜警の最中に見た、茨から抜け出せない蝶を空へと返してあげていたあの時の、本当に優しい笑顔を私は忘れはしまい。
requiescat in pace
素敵な撮影場所は スタジオファブル 様より。