シュペーアの行動に疑問符を浮かべる様な表情をするアーベルク。
シュペーアはすぐに分かるとばかりに語り始めた。
「2つ、質問がある。まず一つ。極光の魔女とは何者だ?名前を出す以上高名な魔法使いの様だが、俺には馴染みが無い名だ。」
「おっと、そうだったな。彼女は陛下が長年顧問魔術士にと要請を出していた方でな。実力の程は四賢者の方々にも引けを取らないだろうと。私は思っているよ。ただ、魔術の奥義を隠す為、あまり名を売ろうとしないのは良し悪しだと思うがね。」
お陰で表立って動く時は相手に紹介するのも板についてしまったよと苦笑するアーベルクに、少なくない信頼を感じたシュペーアは、2本立てた指の内片側を折る。
「もう一つ。むしろこっちが本題だ。何故、俺を採用した?街中で、恐らく他の参加者だろう冒険者を何人か見かけたが、誰もが一流と呼べる使い手に見えた。そんな中で、他国であるガートラントと繋がりがある俺を使ったのが解せん。」
一瞬虚をつかれた様な表情を浮かべたアーベルク。意味を理解したのか、小さく吹き出すと、手元に残った酒を一気に煽り、やれやれとばかりにシュペーアの方へと向き直った。
「俺が、お前を信用して推薦した。」
先程シュペーアの言葉にアーベルクが虚をつかれた様に、今度はシュペーアが驚く。その反応をアーベルクは悪戯が成功した子供の様な笑みで見つめる。
一頻りその反応を楽しんだ後、アーベルクは改めて切り出した。
「シュペーア、お前は国単位での戦いを。戦争を知っている冒険者だからだよ。」
先程とは打って変わり真剣な面持ちで頭を下げるアーベルク。
「私は・・・いや、俺は、お前にこそ先導して戦ってやって欲しいと思っている。」
「・・・成る程、そう言うことか」
漸く意図を理解したと、髭を弄るシュペーア。
「戦闘と戦争は違う・・・」
記憶の底に有った言葉を呟き、先程のアーベルクに倣って目の前の杯を煽る。臓腑の底から燃える様な感覚は、果たしてアルコールの効果か、それとも己が心持ちか。
「私から見ても、作戦に集まる冒険者は皆優秀な者たちばかりだ。だが、報告があってな。どうも件の海底離宮には非戦闘員の老人や子供の魔族もかなりの数が暮らしているそうだ。」
「それはまた・・・難しい攻略戦になりそうだな。」
たとえ魔族とは言え、老人や子供を攻撃する事を躊躇してしまう冒険者は多い。人として正しい倫理観は、時として残酷に命を刈り取ると言う事をシュペーアもアーベルクもよく理解していた。
「成る程な、確かにそれは、国と言う単位の下で戦った奴が先導すべき事かもしれないな。」
「悪いな。一介の参加者として来てくれたお前にこんな事を押し付けてしまって。」
苦虫を噛み潰したようなアーベルクの表情。軍人として、何より魔法戦士団長として多くの者の命を背負っているからこそ、それを押し付けることに後ろめたさを感じているのだろう。言葉より雄弁に語るその表情を見たシュペーアは、黙って2杯の酒を注文する。
「俺は作戦の内容はまだ知らん。だがそれはそれとしてだ。」
静かに配膳されたグラスの片方をアーベルクの前に差し出す。
「今は乾杯しようじゃ無いか。久々の再会と、その作戦の成功を祈って。」
杯を受け取ったアーベルクは、暫し固まった後、フッと笑い、自分のグラスを差し出す。
「そうだな。では、作戦の成功と勝利を祈って。」
『乾杯』
カラン
再度涼やかな音色がグラスから漏れる。大人達の夜は、更けていくのだった。
「・・・さん・・・シュペーアさん」
名を呼ばれて、数日前のヴェリナードから、海の底へと。シュペーアは自らを呼ぶアオックに顔を向けた。
「シュペーアさん!もう一局、僕とお願いします!」
若く、真っ直ぐな言葉。周囲を見渡せば、自分達の再戦を期待する様な表情の冒険者達。気が付けば、最初のギャラリーよりも随分と人数が増えている。
「これだけ期待されては、受けない訳にもいかないな。」
そう笑って、再びチェス盤に駒を配置し始める。
確かに、戦争と戦闘は別物だ。だが、それ以前に自分達も、彼らも皆冒険者。乗り越える者達だ。ならば、乗り越えるための道を示してやれば良い。彼等なら、正しい答えを見つける事が出来る。
冒険者達の表情に確かな物を感じながら、駒を配置し終えたシュペーアは、眼前で真剣な面持ちで構えるアオックへと不敵な笑みを向ける。
「さあ、戦場の戦い方を魅せてやろう。」
カツン!
ポーンが最初の一歩を踏み出した。
以上になります。ここまで読んでくださった方はありがとうございました。おじさんの感情表現が難しくて結構難産でした(告白)
とは言え、作った作品には後悔はしたくないので。
実力不足は百も承知なのでまだまだ精進ですね。