ネブドはここに来て初めて驚愕を感じていた。
崩れ落ちる崖と住宅。崩落によって軍勢の一部が下敷きになるが、驚愕の原因はそこではない。
その破壊が『冒険者の手によって』行われたと言う事にだった。
「まず、南北の階段を潰す。」
机に広げた地図の2箇所に赤くバツ印を書き込むアレスに、みなゆり達は目を丸くした。
「街への被害は最小限に。そう考えていたが、形振り構ってどうにか出来る状況じゃない。」
だから、先ずはこの階段の上を大砲で崩落させて、侵攻出来る道を絞る。
そう説明するアレス。
「これはあくまで下準備。そこからは徹底した連携が重要になってくる。」
「ミャジさん!成功です!北側崖崩落で階段通せんぼしました!」
「了解!南側も一応成功。崩落に巻き込まれた素材屋さんの店には申し訳ないけどね!」
噂の爆弾専門家と工作員のコンビでも居ればもっとスマートに被害も少なかったのになぁと、被害から目をそらす様に考える。
南側の階段上には、半ばせり出すように素材屋が建っていたが、それも階段を止めるための崩落に巻き込まれて今は瓦礫の山になってしまった。
国庫から補填するにしても始末書物だろうなぁとミャジは涙を流す。とは言え、ここはまだスタート地点なのだ。先ずは生きて帰らねば始末書も何もない。
「それじゃあみなゆりちゃん、何度も言うけどタイミングが重要だよ!よろしくね!」
「はっはい!」
激励ともプレッシャーとも取れる言葉をかけ、ミャジは酒場上の高台から広場へと身を躍らせる。
南北の階段を使えなくした以上、侵攻に使えるのは酒場前の広場からのみ。心許ないが生垣もバリケード代わりにはなるだろう。
「さあ、行くよ!先ずは作戦道理に!」
愛弓を構え、矢を放つ。何度も繰り返した動作で魔物を屠る。
先が見えない戦闘でも、やれる事をやるしか無いのだから。
チャンスは恐らく一度きり。どうか早くその瞬間が来るように願いつつ、ミャジは次の矢をつがえた。
「おおおおおお!!」
雄叫びと共にギガスラッシュの剣閃が閃く。
次いで、イオナズンの如き爆発がその剣筋を追うように爆裂する。
「そこだぁ!」
爆風の中、僅かに出来た軍勢の隙間。そこを抉じ開ける様にアレスが猛進する。
「1つ!」
叫びと共に『不死鳥天舞』の神速の剣筋が『暗黒の魔鐘』に刻まれる。一拍置いて次々に爆発するそれは、周囲の魔物を巻き込み敵の作戦の要を粉々に粉砕する。
巻き込まれぬ様に再びアーチの下まで跳び退いたアレスは、1つ呼吸を整えると、懐から薬草を取り出し、乱暴に噛みちぎる。
「くそ!?相手はたった1人だぞ!囲い込んで数で押し潰せ!」
たった一騎の敵兵ともはや侮る事は出来ない。むせ返る程の魔瘴が天に還る程、既にアレスは敵を切り裂いていた。
「ゆっくり相手してやるさ、さあ!まだまだ俺と遊んでもらうぞ!」
星屑の剣が輝く。既に夕陽は落ち、夜闇がその帳を下ろし始めている。しかし、その星の光は未だ堕ちることは無い。
一方、広場での戦闘も動きが少なくなりつつあった。
「ッチ、あのデカブツ、まだこっちには出てこねぇのか!」
ヒューザが言うように、ネブドは座して黙する事は無くなったものの、変わらず直接手を出す事はなく、指揮に専念している。
武人として闘う事を望みながらも、指揮官としてのネブドは何処までも冷徹だった。包囲が完了している以上、後は上層の軍勢さえ到達すれば、それで決着は付く。
「穴熊決め込むってんなら・・・」
そして、それをさせない為に冒険者達は次の一手を盤上に叩きつける。
「まずは篭ってるその場所をぶち壊す!」
叫ぶと同時に、ヒューザが渾身のぶん回しで広場へと向かう敵を薙ぎ払う。
「加速呪文【ピオラ】!!!」
口を開けた魔物の群れ。加速呪文を自らにかけたミャジが、躊躇なくそこへ踏み込む。
特攻とも取れるその行動。魔物達は軍勢の只中に飛び込んできた哀れなウェディに殺到する。
「旋風呪文【バギマ】!!!」
それをさせまいと、上空から呪文を打ち込むソメイ。心強い援護に口元が綻ぶ。
目的の地点まで後10歩
閉まりつつある軍勢の切れ間に体をねじ込む様に走る。
後5歩
魔物をソメイの呪文が吹き飛ばす。呪文の中を突っ切る様に更に前へ。
後1歩
目前に魔物が立ち塞がる。
「邪魔・・・しないで!」
弓を持っていない片手を腰だめに構え、そして振り抜く。護身用にとアスカに教わった『ロスウィードお仕置きの為の正拳突き』
それが最期の一歩を抉じ開ける。
「届いた!行くよ!」
懐から取り出すのは、本来であればここに無い筈の一枚。
ミャジが『個人的に拝借』して持ち歩いていた一品。
「囮召喚札!!!」
切り札を一枚、地面に叩きつけた。