「ええ~!?なんでどうして!?一緒にヴェリナードまで行こうよ~!」
幾つもの感情が入り混じったミャジの叫びがジュレットの街に響く。
それを聞き、みなゆりは嬉しい様な恥ずかしい様な、複雑な表情を浮かべた。
「ありがとうございます。でも、今のままじゃ駄目なんです。」
腰に下げた自らの得物である爪を撫でる。
「今回の戦いで私はこの武器の弱みと強みを凄く実感しました。」
みなゆりの活躍はミャジもよく把握している。対多数の場面で切り崩されそうになったのも、そしてあのネブドを相手に数分間の時間稼ぎをたった一人で成し遂げた事も。
成功も失敗も。一番体験したのは彼女だったと言える程に。
「それじゃあ、ヴェリナードの突入部隊参加は良いの!?」
「まさか!私もあのクエストには参加したいです。」
だから、行く道が違うだけなんです。
そう語るみなゆりの目線の先。そこには何やら小言を言い合いながら浜辺で洗濯物を干しているソーミャとヒューザの姿が有る。
「ヒューザさんも突入部隊に参加するんですけど、驚く事にリベリオ君も一緒だそうなんです。何でも、離宮に届けなきゃいけない物があるんだって言っていました。」
魔族【リベリオ】が同行する以上、大地の箱舟は利用出来ない。
陸路か海路か。何にせよ旅程を考えれば大地の箱舟には及ばないだろう。
「それに、実は考えてる事も有るんです!」
そう言って抱えていた物を見せる。背後から抱き付いた時には見えていなかったが、それは練習用の両手木剣だった。
「ヒューザさんに両手剣の扱いを教えて貰おうと思ってるんです。今回みたいな事があった時に、選択肢を少しでも増やす為に。」
安直ですかねと笑うみなゆりを見て、ミャジも釣られて笑う。共に戦った仲間がその戦いを通して次の冒険【クエスト】を見つける。冒険者らしいそのあり方は心地良く。一緒に行けない寂しさなど容易く吹き飛ばしてしまう。
「私もみなゆりに付いて行きますからね!」
空から明るい声が降って来る。見上げればソメイが箒に跨ってこちらを見下ろしていた。
・・・何故かウェディの子供を一緒に乗せて。
「復興作業の邪魔だからって、子供のお守りを任されちゃって・・・」
視線に気付いたソメイは照れたように頬を掻く。本来ドルボードを街中で利用する事は禁じられているが、彼女の箒に乗りたいと言う子供達が後を断たなかった事も有り、臨時の遊覧飛行をしていた。
「それじゃあ、皆バラバラになっちゃうね。」
ミャジが思い返すのは怪盗のボスである『ラズ』の姿。宿屋で部屋に入った所までは一緒だったが、他の冒険者が目をさます頃にはその姿は街の何処にも無かった。
他にも、アレスを救ったリュウガ・ユウナ・ウェルデの三人は、ミャジが目をさますのと入れ替わりのタイミングでヴェリナードへ旅立って行った。
目指す目的地は同じであっても、それぞれの道のりが有り、その道が交われば力を合わせる。言葉を交わす。
時には、自分の冒険を放り出して力を貸して、貸されて。
冒険者達は、そうやって何度も何度もすれ違っては影響し合い、それぞれの道【クエスト】を進む。
翌朝、ジュレット駅ホーム。そこには、別れを惜しむ冒険者達の姿があった。
「それじゃあ、私達は先にヴェリナードへ向かうから!」
「防衛戦への協力感謝します。落ち着いたらヴェリナード経由で何かのお礼はさせて貰うよ。」
二人は各々別れの言葉を告げ箱舟へ乗り込む。程なくして、定刻を迎えた大地の箱舟は、ゆっくりとホームを滑り出す。
「必ず!!あの場所で一緒に戦いましょう!」
手を振るみなゆりとソメイ。窓から身を乗り出して手を振り返すミャジとそれを諫めるアレスを見て、最後までらしい姿に笑みを浮かべる。
「またね♪」
最後の車両が二人の横を通り過ぎる時、聞き覚えのある声が駆け抜ける。
驚いて見るとバルコニーに立ち、唇に指を立てるラズの姿。二人の視線に気付くとウィンクと控え目に手を振って車両の中へと消えてしまった。
彼女らしい最後の挨拶に、二人はお互いに顔を見合わせ、その気の抜けた顔に吹き出した。
「あの子達も気になったけど、目下の興味はアンタだし、少しついて行かせて貰うわよ。」
笑みを浮かべ通路を歩くラズ。すれ違った車掌が声を掛けようと振り返る。しかし背後から彼女の姿は蜃気楼の様に消えていた。
揺れ動く大地の箱舟。
その窓辺からアレスは空を見上げる。
見送る者
見送られる者
細波の様に出会いと別れを繰り返す
そうして刻まれた冒険譚がまた一つ
「うん、結果として良い経験が出来たな。」
アレスはそう締め括る。
大地の箱舟はなおも進む。冒険者達と新たなる冒険譚への希望を乗せて。
ジュレット遠洋本日快晴にて波穏に異常無し