誰もいないグランゼドーラ城の会議室は、城全体の質量が凝縮しているかのような空気を充満させ静まり返っていた。
「いよいよ明日か…」
明日の会議は文字通りこの国の命運を決めるものとなる。
一昨日の宣戦布告を受けて、この国はいよいよ戦争に突入するのだ。
我々は十分な戦力を鍛え上げている。当然黙って侵略を受け入れるはずもなく、明日の会議の結論は「開戦」以外にあり得ない。
しかし、私も含め、今この国に戦争を経験している者は誰もいない。
私はこの3日間、わが軍全体に広がる興奮と熱気に違和感を感じ始めていた。どこか上ずっているような気がしてならないのだ。
しかし、それも仕方のないことだろう。戦争とは、仕掛けるほうも受けるほうも、狂気に染まらなければ死に至る絶望の祭りのようなものなのだから。

「異状ないか。」
「はい、異常ありません、兵士長殿。」
王の部屋を守る兵士も、やはり興奮を隠せずに顔を紅潮させていた。
「…怖くはないか。」
ふと訊いてみた。兵士は労いの言葉と受け止めたのだろう。一段階声を高め、目を丸くしながら答えた。
「怖いはずがありません!胆力、戦力、勇気を磨き上げた我が軍はグランゼドーラ史上最強でありますから!」
まったく、ここを任されているだけあって、士官学校の教科書から抜き出したような答えをする。
「…その意気や良し。」
「はっ、ありがとうございます!」
―彼の目に映る世界がどうかこのまま光に満ちていますよう。そう祈らずにはいられない。

私は城を出ると、街の中央の公園に佇む子供を見つけた。
「君、どうしたんだい。子供が外を歩いていい時間ではないよ。」
「眠れないの。」
「お父さんとお母さんが心配するよ。」
「お父さんはお母さんと喧嘩してお酒を飲みに行っているの。お母さんはずっと泣いているの。いつもそうなの。」
「…そうか。」
「ねえ、『戦争』が始まるの?お父さんが言ってた。」
「…そうだねえ。でも、心配しなくていいよ。私たちがきっとこの街を守るから。」
「僕、喧嘩は嫌い。どうして喧嘩するの?戦争って喧嘩なんでしょ?」
「そうだね。難しいなあ。でも、守るために闘わなければならない時もある。私たちは君と、君のお父さんやお母さんも守りたいんだ。」
「お父さんとお母さんは、喧嘩もするけど必ず仲直りするんだよ。ごめんねって謝って、いいよって許すの。」
「そうだね。じゃあ、戦争したら必ず仲直りするよ。」
「うん。僕もそれがいいと思うよ。頑張ってね。」
「ああ。じゃあ、もうおうちに帰りなさい。お母さんが待っているよ。」
「はあい。おやすみなさい。」
「おやすみ。」
殺し合いをして、仲直りか。笑えないお伽話だ。だが間違っているのは私たちなのだ。しかし、間違ったのは誰なのだろう。

行軍は、城を出て街を抜け、意気揚々と殺し合いに向かうのだ。
私たちはそのために存在する。それは間違いない。
「命を守るため」そう信じて自分の力を高めてきた。しかし、それは同時に「命を奪うため」でもある。
私たちはそのことと真摯に向かい合ってきただろうか。
いやよそう。人間の心を持ったまま殺戮に臨めるはずもない。今必要なのは、野生を解放し、魔性を宿すことなのだ。
「生きて帰れたら、退役を申し出ようか…」
ほろりとつぶやいて可笑しくなった。
狂気の果てに生き延びた肉体に宿る心はまともでいられるはずもない。おそらくもう私は私ではなくなっているだろう。
ふと先ほどの子供の顔が思い出された。
私の歩めなかった道を、あの子が笑顔で歩いていく。それは仲直りを信じることのできる道のはずだ。
命の先にあるもの。未来を守るために闘おう。もう迷うことはない。
明日、闘いの火ぶたが切られる。
時間は20時、場所は22サーバ偽グランゼドーラ城2階会議室。
詳しくはプレイヤーイベントをご覧ください。