見た瞬間ざわっとした。
なぜそんな感覚になったのかはわからないが、
今自分はどこにいて何を見ているのか、目の前の女性は誰なのか、
果たして僕は彼女に声をかけたいのか、それとも今すぐここから逃げ出したいのか、
脈動だけが頭の中でうねりを上げ、同じ問いが何度も繰り返された。
はっきりしているのは、体が全く動かないことだけだった。
どれほどの時間がたったのか。それとも一瞬のことなのか。
冷汗が顎を伝わりゆっくりとつま先に落ちる。
ざりっ。
奥歯で砂をすりつぶしたような異音が目の奥に響き、(斬られた…)そう思った。
しかし生きていた。
「安心しろ、道場では死ぬことはないぞ。」
女性が僕にそうつぶやく声が聞こえたと思うと、女性はもうそこにはいなかった。
僕には立ち去る姿どころか動く瞬間さえ見ることができなかった。
季節外れの陽炎が見せた幻…そう思わせるほど現実感のない出会いだった。