御息女はめったに人前に現れず、どこにいて何をしているのか誰も知らかったが、時折稽古場に現れることがあった。
大概ひとつかふたつ大あくびをするとすぐにいなくなるのだが、その姿を見たときは、いつもよりも力が湧いてくるような気がして稽古に力が入るものだった。そんな御息女が、道場の昇級試験の受験者を選定していると聞いた時にはさすがに驚いた。相当に腕が立つことは疑う余地がなかったが、門下生全員の腕をあの一瞬ですべて見抜いているというのは、凡人の僕にはとても信じ難かった。
皆が御息女のことを本当の天才だと言っていた。中には誇張を通り越して作り話のような逸話も数多くあったが、初めて会った日の不思議な感覚を思い出すと、どのような作り話であっても、あのひとならやりかねないな、という気持ちにさせられた。
そのため、化け物じみた御息女のほら話にも感嘆しながら相槌を打つことが多く、皆からはよく馬鹿にされた。

道場の日々は本当に充実していた。僕は長老に感謝を捧げない日はなかった。師匠がいて、切磋琢磨する門下生に刺激を受け、手を血まみれにし、箸を持つ手が震えるまで剣を振る毎日が本当に幸せだった。
しかし、僕はここでも異端児扱いされることが多かった。
僕の剣術は独学であり、また、野生の動物や魔物と対峙する中で身に付けたものであったため、間合いや呼吸が独特らしく、よく「お前の剣はどこか卑怯だ」と蔑まれた。
また、我々エルフ族は理論を重んじ議論を好むところがあるのだが、自然と身に付いた感覚的な動きや反応のことをうまく説明できない僕は、なかなか皆の話に入れなかった。