そんなある日、僕は初めて昇級試験に選抜された。しかも、同時期に入門した者はおろか先輩の中でもまだ選抜されていない方が多かったものだから、やっかみにデマ、嫌がらせが続いた。
けれど、僕は他人にどう思われるかということに少しも興味がなかった。試験が決まってからも、毎日平常心でやるべきことをただやるだけだった。
ただ無心に剣を振る。それだけだ。それ以上も以下もないと思っていた。
日々何も変わりなく精進しているつもりだったが、さすがに試験の前日は気が高ぶって眠れなかった。
王都カミハルムイの桜は三界随一と言われており、見る者を惑わし、時に癒し、その実そんな心を慈しんでいるという。
その夜は、魔物でさえ心を忘れるという桜を見たら少しは頭が冷えるのではないかと考え、何処へ行くともなくぼんやりと街の外を歩いていた。
するとそこで、なんと陽炎の御息女に出会った。
「おや、どうした。桜の花びらでも斬りに来たのか。」

まさか僕にそんな腕があるはずもないことはわかっているはずだ。この御方はいつも、からかっているような、けしかけているような物言いをする。
皮肉めいていてどこか気品のある口ぶりを僕はいつも好ましく感じていたが、その夜は特に、桜舞い散る王都を背に響く声がため息をつくほど美しかった。
「御嬢様はここで何を。」
「家出だよ。お前も来るか。」
御息女は、涼しげな声でさらりとそう言った。後段の質問は明らかに冗談とわかったが、前段の答えは冗談ではなさそうだった。