序序章
これはかつて、或いは未来、ここではない
世界と、ここではない時間軸上で、私が「世界」と言う名の鎖に縛られていた頃の、長い、長い旅路の話。
そうね…私が直接語るより、あの頃一緒にいた、
あの人に進めてもらおうかな。
序章
「あぁぁぁぁっ、もぅ!」膝下まで伸びたポニーテールを振り乱しながら、しびれを切らしたように叫んだのはミーコ。
ミーコ-スターウィンドウ=スクライアだ。
二年ほど前から俺たち二人と行動を供にしている。俺とルディの二人のパーティの間に、最初からそこに居たかのように、さも当然のように、ぽつんと加わった漆黒の髪を伸ばした背の低い少女。
いや、少女というのは外見の話で、歳は俺達とそう変わらないはずなのだが。
わめき散らすミーコを尻目に、俺は渋い顔をして地図を広げた。地図を見る限りではこの辺りに町が有るはずだった。二日前まで滞在していたエジル王国の首都であるキバンの郊外にあった胡散臭い古道具屋で受けた依頼。
『幻』とか言ってる胡散臭ぁい感じの薬草を取って来てくれとかいう。
かなり胡散ぁぁ臭い道具屋の、
メチャクチャ胡散臭ぁぁぁい老人に渡された、
これまた超絶胡散臭ぁぁぁぁいパピルスに記された地図によれば。
しかし、どんなに地図を睨みつけても、向きを変えても裏返しても現状は変わらず、かなり傷んだ安っぽいパピルスの地図が有るだけで、依頼だの報酬だの以前の状態に陥っていた。いや、紙質の問題では無いのだけれど。
「あのや、基本的なところで突っ込みどころ満載なんやけど?」時々、真っ向から正論を叩きつけてくるのは、ルディ-ナオヤン=アポストロフ。俺とは幼なじみの腐れ縁。自称、僧侶だが俺に言わせれば暴力僧侶。いわゆる殴り聖だ。
回復魔法を使わせれば、第一線のサポーターとして活躍できるレベルの回復魔法を使いこなすのだが…戦闘に魔法を使っている様子一度も見たことがない。
と言うか、二流の武道家では太刀打ちできない程の暴れっぷりはとても僧侶とは思えない。どちらかと言えばバーサーカーといった感じだ。
話は戻って今回の依頼。俺の独断で受けた、あまりにも怪しすぎる依頼。普通にしていれば三人が一年以上、そこそこの施設に滞在することが出来る程の報酬額な訳だが。
先程から,やいやいと正論という名の文句を愚痴を交えて延々と叩きつけてくる。
「あのなぁ」そんな事を言うくらいなら『最初から反対しろよ…』とは口に出さずに植物の繊維で作られた、その胡散臭い地図を筒状の容器に戻しながら言葉に出して続けた。
「そうは言うけどな、もう金なんて一万もないんだぞ?」それも、エジル王国の通貨で1万ポドン。食費だけなら大人三人が1ヶ月なんとかなる程度の金額だ。
「その、アホみたいな額の報酬とやらがもらえればいいけどな」苛立ちを隠せない口調でルディ。
街道とは名ばかりで、なんとか進行方向が把握できる程度の見渡すかぎりの砂地だ。太陽は程よく西に傾いている。
苛立っているのは俺だけじゃないのは確かだ。俺達だけなら何とかならなくもないが、ミーコに野宿させるわけには行かないだろう。もっとも、この場所で野宿は俺達でも準備なしには自殺行為に近い気がするが。
「大体、なんで移動が歩きなのよ」ミーコは苛立つことにさえ疲れたような、下げた口調で呟いた。移動距離にして四十キロ。一日あたり、だ。この三日間、徒歩での移動。そろそろこの辺りにセーズと言う運河の街が有るはずなのだが。
「もう!暑いし臭いし暑いし、暑いし!疲れたぁ」俺やルディの苛立ちに追い打ちをかけるようにして、一人だけほぼ手ぶらに等しいミーコが更に喚き散らす。
俺のほうが泣きたいよ。しかし、ここで余計なことを言うのは危険だ。消し炭にされる。しかしソレを言ってのける奴が一人だけ居る。ルディだ。と言っても3人しか居なのだけれど。ルディはオリハルコン製のメイスをミーコに向けて言い放った。
「お前のその燃費の悪い魔法と『ベッドじゃなきゃ寝れなーい』なんてワガママのせいでこんな事になってんやで」全然似ていないが妙にツボを押えたミーコのモノマネに思わず口元が歪む。
「ルディ。あんたよく燃えそうねぇ」必要なことはキッパリと言うルディに、誰もが魅了されるような微笑み。その表現は正しくなかった。知らない人は兎も角、知っている人間は死を覚悟する程度のどんよりとした黒い微笑みを浮かべ、その右手には熱気によるゆらぎが登っている。余計なことを言うからだ。とは言え、ルディの言うことは概ね正しい。
「ミーコ!」俺は声を荒げた。余計な魔法を使われては回復剤だってばかにならない。と言うか、それが支出の大半を占める。強い魔力を持ったモンスターでも出てきてくれれば自給自足も出来なくはないのだが。そう、ミーコは魔導師だ。