「だとしても、いきなり頭を刺すヤツがあるか!」
悪魔神官は大声を上げたが、ネル子は動じない。
「で? 何これ、そもそもどーゆー状況? どーなっちゃったのさ、あたし?」
少女は苛立ち始めていたのだ。
突然の死、それだけでも充分不幸なのに、気づいたらまるで魔族のような姿に転生してしまった。あげく、【ネル子】だ。もう、わけがわからないよ、である。
「まぁ、聞けや、嬢ちゃん」
おもむろにドカドカっと両手のハンマーを下ろした悪魔神官。そしてふところから取り出した煙草をくわえ、火を点けた。
「ふぃ~。……いいかい、我らの主であるネルゲル様は、憎きエテーネの民に倒されちまったんだ。残されたオレたち魔族は、散り散りになっちまった。まぁ、その後、大魔王の手下になったってヤツらもいるが……、結局、その大魔王もやられちまったっていう話らしい。それより何より、オレらにとっての主は、ネルゲル様ただひとりなのよ。大魔王亡き今こそが、チャンスなんだ。ネルゲル様復活こそが、我らの悲願。その為に、ネル子となった嬢ちゃんには、ありとあらゆるものの生命を、刈って刈って刈り取って来てもらいてぇって話なんだな。どうだい、わかったかい?」
「ぐぅ……zzz」
「おいコラなに寝てんだよ!」
じゅぅッ!
「あっつーぅッ!」
あくましんかんの こうげき!
ネル子は 5のダメージを うけた!
「お、お……、乙女の柔肌に何をするーぅッ!」
「大丈夫だ。問題ない。気のせいだ。今のはただのメラなんだ。そもそも我々は生まれながらに多少の呪文耐性が備わっている。だから何も心配する事はない。……あと、良い子は絶対真似するな」
「逆に不安になるよぉッ!」
どこの誰に向けたのだろうか、その過剰に保険を掛けた台詞は。
「つぅか、ヒトが説明してンのに、寝るヤツがあるか」
「だって、話長いんだもーん」
口を尖らせたネル子だ。
悪魔神官は呆れて嘆息したのち、
「まぁ、いいや。とにかく、我らのネルゲル様復活の為に働いてくれ――」
「イヤだよ」
「食い気味に拒否られただとーぅッ?」
「そりゃそうでしょ、なんであたしがそんなことしなきゃなんないワケ? んなもん、断るに決まってんぢゃん」
「生き返らせてやったのにーぃッ?」
「べーっだ。魔物の手助けなんて、死んでもヤだかんね」
「いやだから、もう死んでるんだって」
「んじゃ、そういうことなんで~~~」
「ちょいちょいちょいちょーい! どこへ行くーぅ?」
「あたし、お家帰る」
ネル子はくるり、背を向け歩き出した。
「待て待て待て待て! ……いいか? 生命力を刈り続ければ、嬢ちゃん自身もレベルアップ出来るだろう。ゆくゆくは生と死を司る程のチカラを得られるかもしれん。どうだ、悪い話じゃないだろ?」
悪魔神官の言葉に一応足を止め、ネル子は振り返らずにつぶやいた。
「別に、そんなの、望んでないもん……」
「よく考えてもみろ、その姿、だぞ? もはや嬢ちゃんはエルフではない。【ネル子】なんだぞ?」
「………………」
「な? 悪いこたぁ、言わねぇ、オレたちの仲間になったほうが良いって。そうだろ? な? な?」
「……アンタ、ホントに悪魔神官? 中身、ごろつきでも入ってるんじゃないの?」
そんなどうでもいいことが、何故か気になったネル子だ。
「どうしても、行くのか……?」
悪魔神官。
「……行くと、言ったら?」
あくましんかんの せんせいこうげき!
しかし ネル子は ひらりと みをかわした!
「チカラづくでも言う事を聞いてもらうぜ!」
悪魔神官が突然、いがぐりハンマーをブン投げて来た。だが飛び退いてそれを避けたネル子。
「やっぱり本性現したね! 魔物なんて、そーゆーふうに卑怯だから嫌いだよ!」
ネル子は にげだした!
出口なんてあるのかは知らないが、とにかくネル子は駆け出した。
壁などはない。吹き抜けの空間。空中に浮かんでいるのか、足元には雲が広がっている。
ここがどれくらいの高さかも分からない。しかし構わずその雲の中へ、ネル子は飛び込んだ。
「待て! どうせ無事に出られやしない! 大人しくしていた方が、嬢ちゃんの身の為なんだぞーッ!」
悪魔神官は叫んだ。すでに雲の中に消えたネル子に、その声が届くはずもなかった。
「……バカタレが」
つづく。
※この物語はフィクションです。