※この日誌は、蒼天のソウラ二次創作です。
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そうして、生きてきた。今までずっと、一人で。
それがこの世界の、魔術に生きる者の使命と思って。もう会えない師匠の肩書だった『魔女』を、携えて。
「私は、冒険者らしいチームプレーとか、そういうのはやって来なかったからな。」
師匠がいなくなってからは、あらゆる魔術を一人で学び、研鑽し、自分のものにし、多くの悪意の魔導書と人知れず戦ってきた。
窮地。絶体絶命。想像を超える人間の悪意や負の可能性。それらを相手取るのに、私は完全でなければならなかった。隙を見せてはならなかった。私を知られてはならなかった。
だから、あんな風に賑やかに、楽しそうに笑い合って戦いへ赴こうとする冒険者たちを眺めていると、たまに思ってしまうのだ。
…もし―――もし、魔女に身を堕とさなければ、あんな風に仲間と、笑い合えたのだろうか。
少し寂しげに影を落とした私の表情を読み取って、ユナティは少しだけかける言葉に詰まった。
「おししょー、夕ご飯食べに行こうよー。」
だからユナティも、そして私自身も、未だに彼女が弟子を取ったという事実に、驚きを隠せないでいたのだ。
「…?どうしました、お師匠様?」
「珍しくぼんやりしてるー?」
「…いや、なんでも。」
物珍しそうに覗き込むねるとウサ子に心を許して、少しだけ笑ってみせる。あまり上手ではないかもしれないが。
と、後ろから次々と今回の作戦を共にする冒険者たちが集まって来た。
「おや、リンドウ師。これから皆さんで夕飯を取りますけど、一緒にどうですか?」
「リンドウさんも行きましょう!それとついでに何か魔法の事など教えていただければ!」
「あ!私も聞きたい!なんかキラキラした魔法とかない?」
「かいりさん、その聞き方は少し雑すぎるような…。」
「いーじゃん!ウサみんもねるも弟子なんでしょー!いつでも見られるじゃん!」
「別にいっつもって訳じゃないもん!」
「いえ、私も秘匿しているのなら無理にとは言いませんよ。」
「私もアスカさんも何か盗むとかは考えていませんよ。ただ、ねるさんから聞いたリンドウさんの魔術にとても興味があって…。」
「いだいいだい!もんも噛むなってば!」
がやがやと、わらわらと。一気にテラスに人が集まり賑やかになって、少しだけその光景を眺めていた。
どうやらウサ子とねるが私の事を話したらしい。正式に弟子とすると言った事はないのに…まったく。
…でも。
「ねるもウサ子も、あんまり人の事は言えないぞ。」
”環状光河(ミルキーウェイ)”。
小さくそう呟いて、取り出した魔術書(グリモワ)から瞬時に展開した魔法が、半透明の虹の橋となってウェリナード城の隙間隙間に描かれ、薄暗くなってきた城内を七色の光で架け結ぶ。その場にいた一同も、遠くにいた冒険者たちも、こぞって虹色の路を見上げてしまった。
「お前達も綺麗な魔法を見せてと、随分私にせがんできたからな。」
少し得意気に微笑んで、リンドウは見せびらかすようにそう言った。あちこちから感嘆の声が漏れ、ウェリナード城内がざわりとする。かいり殿は虹色の橋に見惚れて感動し、アスカ殿は感心しつつも瞬時に術式が気になり観察し、バウム殿は野暮な詮索はすまいと今だけは純粋に奇麗なものを眺めていた。
「食堂まで橋を架けたから、これを渡って行こうか。ユナティ殿も、どうです?」
「…ふふ。ええ、喜んで。この前の戦闘訓練の説教がなければ。」
「はは。そんな野暮はしないさ。」
そう言って、今近くに集まったメンバーで路に乗り、ゆっくりと進んでいく。薄暗くなった室内に明かりが灯るまでの間だけだが、一同はその煌びやかさに目を奪われ楽しんでいた。
そっと後ろを歩いていたリンドウの目に、城内の隙間から海が見えた。水平線の向こうは星の浮かんできた夜空と溶け合い、海と空の境目が暗くなくなっていく。
私はきっと、性根は怖がりで臆病な存在なのだろう。魔女を名乗り人間性を捨て去った気でいても、きっと人間臭さは抜けはしない。
それは未だに怖いと思っていた。だから自分一人だけしか守れなかったし、ウサ子にもねるにも、弟子とするとはっきり言った事は一度もない。
言ってしまえばもう、二人の命を失う事に耐えられなくなるかもしれないと思っていた。自分より大切な存在のために、魔に呑まれ本物の魔女という怪になる。そうなれば、きっと二人を泣かせてしまう。
だから、突き放してしまいたいとさえ思っていた。最期まで、私の事を想い、私が魔女の道に進む事を止めてくれた、師匠のように。
けれど…ああ―――。
「大丈夫です。もう、上手に生きられます」
誰に聞こえるでもなく、夜の海と空の果てに向かって呟き、リンドウは仲間と共に虹の橋を歩いて行った。