※この日誌は、蒼天のソウラ二次創作です。
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「はあ…害虫退治、ですか。」
「これもヴェリナードでやってる公共事業みたいなものでね。見るのは初めてだっけ?」
「ん…まあ、はい、多分。」
「この辺の気候は熱帯雨林寄りだからね。割と手入れは行き届いているから、穏やかな亜熱帯くらいで済んではいるんだけど。」
大山林にほど近い領北のこの辺りの事は、自身の修行の都合でよく通い詰めているアスカもよく知っていた。ただ、この辺りで彼女が活動していたことなど微塵も知らなかったし、それをロスにも知られたくはなかった。わざわざ秘密にしているのだから。
「最近魔物商人たちがこの辺りで活動していて、そのせいで厄介な害虫やら病原菌が持ち込まれた事もあってね。ヴェリナードで警備なんかを冒険者に斡旋したりしていたのさ。それを今回は彼女…リンドウさんがやっている訳で。まあ、もうすぐ終わりそうだし、ちょっと待とうか。」
「あ、はい。」
アスカは内心、落胆のような拍子抜けのような、そんな心持であった。
害虫退治や浄化の魔法による掃除などは、ヴェリナードの仕事の一環ということで頭には入っていたし、その重要性も理解していた。ただ、それらは所詮裏方で、魔法戦士団に頼んだり、まして「凄腕の魔女」に任せるような案件でもない。
だが、リンドウがいい加減な仕事をしている訳でもないことも見て取れた。大雑把に炎で辺り一帯を焼いているように見えるが、ロスの言う通り害虫など駆除対象のものだけをピンポイントで指定して燃やしており、それ以外の原生植物やこの土地由来の生物には一切手を出していない。
魔術も簡単に見ただけだがかなり複雑で、大雑把なようでいて繊細、大胆なようでいて綿密。そしてこの規模のものをたった一人で制御している。それだけで、彼女が女王陛下に信頼される実力の魔女である事は一目瞭然だった。
「がっかりしたかい?案外地味ーな仕事をする人だって。」
「え?いや…。」
「ん~…じゃあアスカ、"賢者ルシェンダ"って知ってるか?」
「え…?そりゃあ…まあ…っというより、とんでもない有名人ですよね。『叡智の冠』でしょう?」
賢者ルシェンダ。それは魔術師どころか、冒険者なら誰もが知るような人物である。
叡智の冠筆頭。200年以上を生きると噂されるオーガ。500年前のオーガたちの指導者ガミルゴの血統。グランゼドーラお抱えの大賢者。おそらく現代で最も有名な賢者であろう。
「そうだな。勇者関係でそっちの方でも有名になったからな。今は別件にかかりっきりになってるけど、仕事関係でちょっと知っててね。」
「え、そうなんですか!」
「まあ、ビジネスライクだったし、深い付き合いがある訳じゃない。話を戻すよ。ルシェンダさんはとんでもなく強くて優秀で、グランゼドーラ王家に仕える凄腕の賢者だったんだが…。」
ちら、とアスカの方を見る。まだ半信半疑のようだが、仕方ないだろう。自分も実際にこの目で見るまでそうだったのだから。
「そんな大賢者に、本気でやり合ったら負けるかもしれないとまで言わせた唯一の魔術師が、リンドウさんだった…って言ったら、信じるかい?」
「…。」
少しの沈黙。遠くては燃える火種が弾ける音がして、それをただ魔女然とした白い衣装に身を包む一人の魔女が佇んでいる。正直、異様な光景だった。
有史を紐解いてみても、魔女という存在は何かしらの災厄に携わっているものが多かった。色恋沙汰で村を滅ぼす者。国を氷漬けにする者。あまり良い印象を持たないのもあるし、ロスウィードと同世代に近いあの若い女性がそれほどの者だと言い切るには…善にも悪にも足りず、何というか、胡散臭かった。
と。
カラン、コロン。
ふと、喫茶店の扉に取り付けられているような鐘の軽い金属音のする方に目を向けて、そこで初めてこっそりと、縦横に線のある敷かれた正方形の魔法陣と吊るされた鐘が隠されている事に気が付いた。魔法陣らしく黒地に淡い緑の蛍光を帯びていて、その一角に黄色い点がぽつ、ぽつと4つほど浮かび上がる。と同時に、リンドウの害虫駆除の方も終わったらしく、煌めいていた炎がゆっくりと鎮火していく。
「3…いや、4か。逃げたと思ったんだがな…。」
浄化された山や森林を背に、ゆっくりと近づきながらその魔女は歩み寄って来る。纏う雰囲気は柔らかいが、帽子の下から覗く視線は鋭さを鈍らせていない。
「ああ、その鈴付き魔法陣な。さっきもお二人さんが来る前にカラコロ鳴ってたのよ。まあ、小型の探知機さ。二人とも、他に連れはいないんだろ?」
「ええ。」
「だったら、敵ってこった。」